私が留学していたアメリカの片田舎の大学には、日本人の生徒は一人もいず(いたのかも知れないけど、会った事がない)、留学後一年程は日本語を話す機会はまったくなかった。初めの頃はことばはわからないし、日本食は恋しいし、おうちが恋しいよ、日本人の友達欲しいよー、状態だったのだが、芯が図太い私は,1年後には結構平気になっていたのだった。 


ところがある日、クラスメイトが、日本人の女生徒を見かけたよ、というではないか。またどうせ、中国人かベトナム人でしょ、というと、「彼女の名前は「Yuki(仮名)」っていうの。それって日本人の名前じゃない?」


まさしく日本女性の名前。


友人の話によると、彼女は大学院ではなく、学士課程をとっているとのこと。ふーん。


と思っていたところ、その彼女に図書館でばったり。それから、2,3回昼食をともにしたが、口数の少ないおとなしい彼女だった。さて、クリスマスを控えて、ある日珍しく、彼女が夜電話をかけてきた。


「わたし、休暇中いくところがないから、Dさんの家に泊めてもらってええかな?」


どうも、学生寮はその時期完全に閉まってしまうらしいが、実家に帰るつもりはないとのこと。 私は、ちょうどそのとき最初の婚約者との関係がうまくいかなくなりだした状態で、(この話はまた別にします。)結構悲しい思いをしていたので、誰か家にいてくれると、精神上衛生上にもいいだろうということで、喜んでホストファミリー(とはいっても私だけだけど)の役を引き受けることにした。


彼女を受け入れて、2日目くらい、一緒に食事をしたあと、ビールを飲みながらキッチンに座り、お互いの過去の経歴を話し始めた。


「Yukiちゃん、どうして日本にかえらなかったの?あなた、若いのにおうち恋しくないの?私は大学時代から一人暮らしなれてるけど。。。」と聞くと、


「実は、オヤジと大喧嘩してんねん。もう、顔もみとうない。」


は、オヤジ?


芯は強そうな彼女だが、父親をオヤジと呼ぶような感じではなかったので、ちょっとびっくりして、


「私も母の反対押し切って渡米したから、気持ちはわかる。」 でも、なんかワケありっぽい。


「そうじゃないねん。この間日本に帰ったとき、オヤジと一緒にテレビのニュース見てたら、サンザン黒人のことバカにしよって、黒人はアメリカ経済の成長の足をひっぱってるっていいよるねん。」


「ちょっとそれは言いすぎだよね。」


「そうやろー。あんまりムカついたから、台所から椅子持ってきてな、後ろからテレビ見てるオヤジの頭の上に叩きおろしたってん。」


え。あなた。そんな乱暴な。


そういえば、彼女って黒人の学生と一時つきあってたっけ。 それを聞いた私の頭の中には、思いっきり金属バット事件がフラッシュバック。 私が中学か高校生のとき、金属バット事件といって、日頃おとなしい息子が、なにを思ったかいきなり逆上して、教育ママと(パパもかな?)をバットで撲殺したという、語るもおぞましい事件があったのだ。げ~!


彼女が滞在中、もと婚約者との関係が破局に向かってまっしぐら、という状況で、食欲もあまりなかったのだが、「飯もまともに食わせんのか」と逆上されるのが怖くて、それから冬期休暇が終わって寮が開くまでの二週間、毎日かいがいしく、お炊事、お洗濯しちゃいましたよ、私。 


ちょっと怖い、私のホストマザー体験でした。


え、それから彼女どうなったって?実は、とってもココロのやさしい白人の男友達が日本人のガールフレンドを探していたので、紹介してあげました。今は結婚して子供もできて、オハイオにいるそうです。ご両親との仲も復旧して、日本にもちょくちょく帰ってるらしいですよ。 めでたし、めでたし。