「東京ドーム○○個分」の広さとか量とかいう表現を聞いたとき、今まで私の頭にはヤフードームの映像が流れていたことに今日気づき、ここ最近で一番の衝撃を受けました。
もうビックリ(笑)
完璧無意識でした。
そして自分の脳の不可解さについてつらつら考えながら、
『まあ東京ドーム何個分というのは「大きさをリアルにイメージするため」というより、「大きいということをリアルにイメージするため」という感じもするし、別にいいよね』
とか講釈ぶって(痛い)自分を慰めてみたり。
ふと気がつくと「しかし、東京ドームに実際に行ったことがある人は人口の何%くらいなのか」とか「ローカル放送の場合はそこの地方のもので例えてみるのはどうだろう」とか色々考えてたり。
当分「東京ドーム何個分という表現について」という何の役に立つか分からない考察に多大な時間が割かれそうです・・・。