死生観
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無題

親父の17回忌

一月ぶりに実家に帰ってきた。一人(妹が近くに住んでいるので安心ですが)で暮らしているおふくろの愚痴を聞いています。 明日は親父の17回忌。昭和16年に長野県松本市で結婚し、職業軍人だったので単身、戦地の満州へ将校として出兵。戦後シベリアに2年半抑留され、結核になって命からがら昭和23年に帰国。私の兄は17年生まれで、親父は5歳まで兄の顔を見ていなかった。 親父は軍人ということで公職追放にあい、帰国後戦友を頼り甲府に移る。八百屋をはじめ、信用組合を設立して理事長を務め、山梨では全国で唯一、信用組合が信用金庫の預金量より上回っていたのが自慢でした。県政功労賞や総理大臣賞、叙勲も戴いた立派な親父でしたが、しつけは厳しく兄貴は何度もビンタを食らっていました。会社の私物化には反対で、兄貴には後を継がせなかった。 昭和31年、私が5歳のとき生みの母親は子宮ガンで亡くなりました。何で死ぬんだとお袋にしがみついて泣いたこと、人前で決して涙を見せなかった親父が、堪えながら兄貴と僕の手を握り、絞り出すような声で、お袋の分まで一生懸命に生きていこうと誓ったこと。火葬場で遺体が焼き場の釜に入るとき、私は大声で「駄目だと」叫んで号泣したシーンを鮮明に覚えている。 信用組合を興したばかりで、13と5歳の男の子、二人の世話はとても無理だし、周囲の勧めもあって、再婚したのが、今僕が愚痴を聞いているおふくろって訳。 我が家は、親父の強い指導力とみんなの協調で、バランスよく、兄貴も僕も、誰一人ぐれる事なく育てられた事に心底、感謝している。 おっと少し長くなりすぎた。、おふくろの愚痴の続きを聞いてあげないと、ではまた

クラス会

今日の午後1時から、帝国ホテルで卒業後30周年目にあたる年、大学同級生のクラス会に行ってきました。前回は8年前に静岡で堀本先生の幹事で開かれたので、8年から30年ぶりの再開です。60名余のクラスメイトのうち37名が集まりました。遠くは山口から佐々木先生が駆けつけてくれました。2名の物故者があり、一名は脳幹出血から復帰して元気に院長をしています。他の三名も闘病生活から復帰しています。医者も亡くなったり病気になる事を再確認しました。扇の間での一次会のあと、佐藤写真館で集合写真を撮り、最上階のレストランの個室に場所を移し5時半過ぎまで、昔話に花を咲かせました。この間に先ほど撮った集合写真が出来上がり皆に配られました。盛り上がることこの上なかったです。近況を話すうちあっという間に時間が過ぎてしまいました。次回は1,2年後に、松本の関先生が軽井沢で計画してくれることになりました。同級生っていいものです。皆から元気をもらってきました。有難う。

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Rさんの読者登録のため会員になり、はじめて記事を書いています。人生って出会いだな-と痛感しています。皆で明るく楽しく朗らかに,今この瞬間を大切に生きていきましょう。よろしくお願いいたします。