麻雀について語れるほどの者でもはとてもないけれども。

 

麻雀とは何かと訊かれれば、俺にとっては自己を突き詰めるものです。対人を意識することにはあまり意味を感じません。たとえ自分が他者よりどんなに優れた成績を残そうとも、自分4人で卓を囲めば結果は平たくなる。以前に、最強と呼ばれることには興味がないとどこかで言いましたが、それはそういった理由からくるものです。自分という打ち手が存在する以上、その言葉は自分の時を止めるものにしか思えない。

 

ただし、俺がそんな風に思えるのは麻雀に対してだけです。麻雀以外の全ての事に対して俺は極めて凡庸だし、それらに於いてもっと上位を目指したい、他者に勝ちたいと思うことはあまたあります。自分よりも明らかに上位の存在がそこかしこにいてくれる世界は楽しい。失うものより得られるものだけにワクワクしていられるから。

 

今日は麻雀で、久しぶりに負けることが怖くないという気持ちになりました。

 

先日ピグ麻雀で打荘数2000戦を達成しましたが、1~1000戦の間よりも1001~2000戦の間のほうが4位率が上昇していたので、次の100戦の間の4位回数を10回以下にしようと定めて打ちました。弱い相手とばかり打っても意味がないので、そこは所属している麻雀コミュの中で出来るだけランダムに、強い人ばかりの卓にも入るし、大会に誘われれば出るしといった感じでやりましたが、95戦目で11回目の4位となり、目標達成はなりませんでした。

 

これも以前にも述べましたが、麻雀にはどうしても4位になることを避けれない回というものが存在すると思っています。また4位を避けるためだけに麻雀を打っても意味がないので、トップを狙うという前提のもとで、死力を尽くし、結果ラスになるというのが最高の4位です。95戦目もそういう回であったのなら問題はなかったのですが、残念なことにそうではありませんでした。ただ自分の弱さに負けました。

 

そして迎えた96戦目に、久しぶりに負けることがまったく怖くないという気持ちで麻雀を打ちました。気持ちの整理が出来てないまま惰性で次の勝負へと飛びました。勝とうという気持ちも全くないままに、河も見ずに終始漠然と牌を放ち続けました。脳裏に浮かんでいたのは、先の勝負のオーラスに放った軽蔑すべき不甲斐ない一打のことだけでした。

 

負けるのが怖い、勝ちたいという気持ちは、麻雀を打つ上での相手への敬意です。そして麻雀そのものへの。

 

いかなる理由があったとはいえ、完全に礼を失した麻雀を打ったどらんどらんの罪は重く、よって当面の謹慎処分を言い渡します。許さん。