若い頃の父は母に心配や苦労をかけまくっていました。
娘である私も姉も、お父さんみたいな人とだけは結婚したくない、本当にそう思ってきました。
(環境や財力には感謝していましたが)
姉も私もそれぞれ嫁ぎ、父と母の2人暮らしになった頃、世はバブル崩壊後の不景気。
煽りを受けた父の事業が傾き、会社が人手に渡り、独立を余儀なくされた父をみた時、
姉は心底自業自得だと父を呪い
私はへー、なかなかやるやん(独立再建したこと)
それぞれの父への感情は二分しました。
独立した父の事業が波に乗るまでに、私たちが育った坪庭のある一軒家は売却され、父と母は転居を余儀なくされました。私は乳飲子を抱えながらも、とてつもない心労を抱えた病気の母の看病と引越し先のマンション探しに奔走。
姉は遠方にいたため実務では何もできないため、マンションの名義人としてマンション購入を成立させてくれました。
ただし、支払いは全て父。ローン名義だけ借りた形になりました。
(年齢と自営業を理由に父ではローンが通らず)
ここが間違いの始まり。
母が他界して、1人になった父の元に離婚した姉と甥が一緒に暮らすようになってから、名義を貸した事を盾に姉の横暴な振る舞いが始まりました。
父はリビングの使用を認められず、書斎兼寝室の一部屋で食事も持ち込んで済ませる暮らしが始まり、姉と甥が悠々とマンションで暮らす。
更には、父の収入年金預貯金は全て姉が管理する形になり、父の生活はまるで老人虐待のような状況になっていきました。
姉はマンションのローンの支払いはおろか、光熱費の支払いは一切せず、父の食事の世話もしない。
全ての父の収入、年金、預貯金は姉が管理した事で、父の鬱憤は限界に。
生命保険を担保にお金を借りて、一人暮らしできるアパートを探しマンションを出ようとしたのです。
なんてこと‼️
その成り行きに苦言を呈した私と姉のおぞましい姉妹の争いの火蓋が切って落とされたのであります。
つづく