ワールドツアー第39戦(完) | Backpacking wrestler ディック東郷の『東郷見聞録』

Backpacking wrestler ディック東郷の『東郷見聞録』

2011年8月1日に日本をスタート。オーストラリア、ヨーロッパ、中南米の順にプロレスをしながら世界を旅する。2012年9月9日に念願のボリビアで引退試合を行うことに成功。
2014年4月からベトナムのダナンに移住。新たな夢の実現へ向けて奔走中!

2012年9月9日(日)

いよいよ、この日がやって来ました!

当日の朝、ゲバラがボリビアに潜入した時に泊まったホテルをチェックアウトし、みんなの待つホテルへ移動。

部屋に戻って試合の準備。

「靴下、足首のサポーター、膝のサポーター、肘のサポーター、アンダータイツ、ショートタイツ、シューズ、バンダナ、ヨシッ!」

21年間、忘れ物がないように、いつも声を出しながら確認して来ました。鞄にコスチュームを詰める作業も、これが最後です。

会場までは、タクシーで行きました。

13時30分会場到着。

会場に着くと、頭にポツリと何かが落ちました。

雨です。雨が降って来ました。

俺が「今の時期、雨なんて珍しいなぁ。」と言うと、アントンが「プロレスの神様が泣いているんですよ」と一言。

プロレスの神様か…。

俺の引退試合を見に来てくれたのかな?だったら嬉しいなぁ…。

会場に入ると長老(アルコン・ドラド)がリングを作っていました。ベテラン選手なのに、常に率先して裏方に回ります。この人には、本当に頭が下がります。

試合開始までの時間、アントン司会の長寿番組(…になるであろう)「哲の子の部屋」のインタビュー。


司会者がアントンだったので、ざっくばらんな話が出来ました。これは、いつか"ディック東郷ボリビア引退興行"のDVD特典映像に入るのではないかと思います。

開場してからは、お客さんとの撮影会がありました。

そして、17時を回った所で第1試合開始。

全5試合です。

自分はメインイベント「8人タッグ・イリミネーションマッチ」に出場。
※フォール、ギブアップを取られた選手から退場

日本対ボリビア。

ディック東郷、佐々木大輔、アントーニオ本多、ヤス・ウラノ 対 アハイユ、アルコン・ドラド、ゲレーロ・アヤ、アポカリシス。

入場時、ボリビアで初めて自分のテーマ曲(Cypress Hill/Insane in the Brain)が流れました。

ウルッとなんて来てませんよ!

両チームがリングインすると両国の国歌斉唱。

それが終わると、ついに最後の試合が始まりました。(ゴングはありません)

最初に出たのは、佐々木とゲレーロ・アヤ。佐々木は日本の弟子だけど、ゲレーロ・アヤはボリビアの弟子。
ボリビアに滞在している間、ずっとプロレスを教えて来ました。佐々木もゲレーロ・アヤも基本通りのレスリング。俺はコーナーで二人の姿を見つめながら、一人「ヨシ、ヨシ!」とうなづいていました。

ここは標高3650メートルの高地。長期戦になったらボリビア人には、かないません。作戦決行です。長老(アルコン・ドラド)にターゲットをしぼり、他の3人を場外に蹴散らします。
4人で長老をいたぶった後、アントンがフィスト・ドロップでとどめを刺しました!

今度はキャリアのないゲレーロ・アヤをいたぶります。するとウラノがいきなりシルバー・ブレットを見せます。日本で使っているのは知っていましたが、生で見るのは初めてでした。俺もすかさず本家のシルバーブレットを見せつけてやりました。

そして、海援隊ピラミッド!


そこへ、ウラノがゲレーロ・アヤの顔面に強烈なドロップキック。すぐに佐々木が得意技を決めてフォール勝ち。

これで4対2。

段々、日本チームに疲れが見えてきました。そこをつけこまれ、アントン、ウラノと一気に2人がフォール負け。

これで2対2。

ここから、日本チームも粘ります。

チャンスがあったらやろう!と言っていた佐々木とクロスフェースの競演。


相手の誤爆を誘い、アポカリシスに得意技のダイビング・セントーンを決めてフォール勝ち。

これで2対1。

残るはアハイユ1人。

しかし、スタミナで優るアハイユが佐々木を蹴散らします。自分もケブラドーラ・コン・ヒーロをもらい場外へエスケープ。さらにアハイユのスイング式DDTを場外で喰らい、流血。

その間に佐々木がアハイユにフォールを奪われ1対1に…。

ボリビアで唯一ライバルだったアハイユとひたすら殴りあいました。お互い意地の張り合いです。終盤クロスフェースやダイビング・セントーンを決めるも、どれも返されてしまいました。もう呼吸が苦しくて、徐々に体が動かなくなって来るのが、分かりました。完全に自分の手が止まった頃、アハイユが大技ラッシュ。この時、アハイユが攻撃しながら泣いているのが分かりました。最後はアハイユの得意技である450°スプラッシュが完璧に決まりました。カバーに入ったアハイユは号泣。俺は返す事が出来ず、カウントスリーを聞きました。

アハイユの一人残りでボリビアチームの勝利。

俺は大の字のまま、しばらく起き上がる事が出来ず、ただただ涙だけが溢れて来ました。

これで俺のプロレス人生が終わりました。

試合後、全選手がリングに上がり引退セレモニーが始まりました。

日本とボリビアの国旗の交換です。


そして、アハイユがマイクをとり、初めて俺がボリビアにやって来た時の事を話し始めました。ゲレーロ・アヤもバルバ・ネグラもペルーから来たアポカリシス、チリから来たワンチューロ、アグレソールもみんな泣いていました。

ボリビアのお客さんも最後の最後まで拍手を送ってくれました。

一人の日本人プロレスラーのために、引退興行を行ってくれたボリビアのレスラー達。日本からやって来た弟子達。自費でペルー、チリ、メキシコからやって来たアミーゴ達。この一戦を見るためだけに日本からやって来たファンの方。
本当にありがとう!
ディック東郷の最後をボリビアにして本当に良かったです。

そして、アハイユ…いやモデスト。

君の友情は永遠に忘れないよ。

Muchas gracias por todo!

ディック東郷のレスラー生命はボリビアで終わりました。

敬愛するチェ・ゲバラのように。