わたしは、ちいさいころから
内弁慶タイプでした。
同級生とか近所の友だちと、
すぐに打ち解けられるような
タイプではありませんでした。
ちいさなことにすぐ感化されて、
人一倍、感受性が強い子どもでした。
そんなわたしを
わたしの両親は、
“弱い子”として扱っていました。
なにか心に動きがあると、
じぶんの頭のなかで
物語を創って逃げ込むことが
好きでした。
そのとき、わたしになにがあったのか?
なぜ、空想の世界に
逃げ込まなくてはならなかったのか?
詳しいことは思い出せないけれど、
少なくとも、“安心感”は
ありませんでした。
思い出せるのは、
とても寂しい団地の風景。
今日、やっと受け止めることが
できました。
ずっとずっと、欲しかった、
両親からの愛情。
絶対的な愛情。
うちの両親は、愛情表現が乏しいから、
なかなか愛情が分かりにくい。
その上、しょっちゅう喧嘩でしたから。
わたしはそんなふたりを、
ずっと助けたかったんですね~。
その親の世代の問題は、
そのまた親の問題であり。
さらにそのまた親の問題。
代々受け継がれているのです。
だからそもそも、
こういった親子問題は、
じぶんが悪いから引き起こされた
わけではない。
そう思うと、少し楽になりませんか?
わたしは楽になりました。
だって、直接の親も
それはそれで大変な思いを
していたのだから。
いわば、
加害者と思っていた人たちが、
じつは被害者であり、
そのまた加害者であろう人たちは、
被害者であり…。。
めぐりめぐって、
被害者も加害者もなく、
だれもかれもが、無害者なのだと。
…で、なにに気づき、
観念したかというと。
それは、あまりにも悲しい
ことなのですが、
同時に、
もうこの重荷を背負わなくても
いいのだと。
もうここを求めなくても
いいのだと。
とても楽になりました。
ずっと、分かりやすい愛情を
求めてきたけれど、
それがそもそも叶わないということ。
しかもその原因は、
わたしが“悪い子”だからとかではなく、
“世代間レベル”の問題だということ。
これが分かったから、
無理に求めなくなった。
彼らは彼らで
愛し方を知らないなりにも、
懸命だったのだと。
一般的な愛情はもらえなかった。
でもその代わり、
人の痛みが分かる人間になれた。
いま苦しんでいる人の気持ちに
少しだけ寄り添うこともできる。
人一倍、愛情深くなった。
人に、愛を与えることを
惜しまない人間になった。
闇を光に、転換させる
強さを持つこともできた。
物事は表裏一体。
光あるところに闇あり。
闇あるところに光あり。
あなたは、
闇を見ますか?
光を見ますか?
明日も明後日もこれからもずっと、
あなたの足元を
あたたかい光が照らし続けますように。