哲学を持って生きる
経験したことを言語化しないと、哲学は生まれないから
言語化をするかしないかで、哲学の数は変わるんだけど
自分の哲学を持っている人って
飛躍した言い方をすれば、
努力人で
生きる楽しみ方を知っている、と思う。
経験に基づかない、弁者もいるんだけれど
それはすぐにわかる。
哲学を聞けるというのは
その人の生き様を知り、自分の経験の1つにすることができるから
それだけで価値のあることだと思う。
今、
「どうして頑張って生きなければならないのか」
「現状維持でいい」
と平気で言う人が増えたらしい。
その人に、生きる楽しさを与えられなかった環境に罪は大きい。
今、
努力することの良さを与えられる環境があり
哲学を伝えられる人が増えること
これが、すごく大事だと思う。
努力している人は輝いている。
もし、それすら実感できない環境を与える社会が実在しているなら、その先は闇だ。
