恋するハエ女⑦ 最終回 ミッション・イン・スペイン  八重樫の真実を知り、素顔の八重樫を探しに行く絵美

 

 

 東京から自宅に戻って2週間、絵美は通常の生活に戻っていました。

 

 八重樫の消息が完全に掴めなくなって以降、絵美はマイペースで独りで時間を過ごすことが増えていましたが、いつもの習慣でパソコンでSNSを開くと、自分がかつて書き込んであった愚痴の数々が表示され、八重樫が暴言を書き込んだページも表示されるのを見つめていました。

 

 

 「守る女はもう卒業だ。人生を攻めろ」

 

 という八重樫の言葉と、自分をストーカー扱いし突き放した八重樫を思い出し、ビールを一気飲みした絵美は

 

 

 「だったらなってやろうじゃない、ストーカー」

 

 

 と、パソコンに八重樫の名前を打ち込んで、八重樫の情報を追いかけ始めるのです。

 

 

 その次の週末、絵美は、パソコンで調べた八重樫の同僚である内閣情報調査室の真田(升毅)に会いに、上京します。

 

 

 真田もまた、八重樫が内調を退職した理由や姿を消した理由が掴めず、彼が握っている組織のありとあらゆる内部情報を漏洩されることを心配していました。

 

 

 そして、どうして消えた八重樫を探しているのか、真田は絵美に尋ねます。

 

 

 

 すると、絵美は

 

 「……。なぜなんでしょう………わかりません」

 

 以前八重樫に言われた、誰でも良かった、只のヒマつぶしだった、という言葉を思い起こしながら、答える絵美。

 

 

 「ただ、……このままじゃ終われないって。

 どこかでまだ、信じたいのかもしれません、八重樫さんのことを」

 

 

 と言った瞬間、絵美はじぶんがまだ八重樫の事を信じている事に気付くのです。

 

 真田は絵美を見つめると、笑いながら

 

 

 「あの女っ気のない真面目な男に、こんな可愛らしい彼女がいたとはね」

 

 と言って絵美を驚かせます。そして、

 

 

  真田は八重樫修治という男が、地味で真面目で腰の低い、いい奴過ぎて傍で見ているといらっとすることも多かったと評します。

 

 

 八重樫の、毒舌で高圧的で、いつも自信満々なエリート官僚のイメージとは程遠い、キャリアではないプロパー(叩き上げ)で海外赴任の経験はない、と知らされた絵美は、八重樫のイメージを勝手に作り上げていた事、八重樫が意図的に嘘をついたのではなく、八重樫が否定しなかった報道を鵜吞みにして勘違いしていた事を知るのです。

 

 

 さらに、内調の関係者から聞いた話を照らし合わせると、八重樫は仕事の同僚や上司(主に真田)から聞かされた武勇伝や失敗談、はてはスキャンダラスな経験談を、自分の経験として絵美に話していた事に気付きます。

 

 

 

 それから、再度八重樫のマンションに足を運び、八重樫のいないマンションでどこに行ったのか思案を巡らせていると、部屋に置かれていたバカリャウのコロッケサンドのちらしを見つけた絵美は、それを元に、以前から八重樫が好んで出前をとっていたお店を探し出します。

 

 

 店主に八重樫の写真を見せ、一度だけ変な場所にデリバリーした事を聞き出し、とうとう絵美は八重樫が移った場所を見つける事に成功します。

 

 

 

 そこは大学病院で、八重樫はそこに数日前まで入院していたのでした。

 

 絵美の手元には、絵美の宛名が書かれた手紙がありました。

 

 

 手紙には、八重樫の告白が書かれていました。

 

 

 いつか絵美が自分の真実に気が付いたら、絵美を傷つけた事を謝りたいと思っていたこと。

 

 本当の八重樫修治は人のいいイエスマンで、使い勝手のいい平凡で地味な公務員だったこと。

 

 滅私奉公で他人に振り回され、旅行も結婚もせず、気が付いたら48歳まで冒険らしい冒険もしないまま生きて来たこと。

 

 同僚の有能な真田や他の事務官の体験談を、自分の武勇伝として絵美に話していたこと。

 

 そして、絵美に興味を持ったキッカケが、SNSの愚痴を読んで自分を慰めるという、絵美と同じ行動パターンを取っていたからだったこと。

 

 48歳の誕生日に受けた健康診断で、癌を宣告され、余命数か月だと医者に言われてショックを受けたこと。

 

 

 

 自分の人生、こんなもんです ーー とSNSに書きこんだ絵美と、似た感覚や気持ちでなんとなく生きて来たことを、人生を振り返って初めて心から後悔した八重樫は、絵美のSNSの愚痴を読むうちに、絵美のこれから送るであろう未来が見えてしまった、と綴ります。

 

 死ぬ前に後悔しか残せない人生……。

 

 

 その後八重樫は人生で初めて、暴言である、Mosca!(ハエ女)と書きこんだのに、絵美に完全スルーされます。

 

 

 八重樫の何かが壊れてしまい、ヤケッパチになって暴言説教ストーカーになっていったものの、

本当は親切心からではなく、1人でいいから、いい人と思われたくて48年間言わずに我慢してきた本音を聞いて欲しかった、絵美が実際にやってのけた冒険をしたかった、自分も絵美がやったように生きてみたかった、と告白するのです。

 

 

 

 ポルトガルに憧れ、ファド(ポルトガル語の歌)を歌い、面白そうに話す八重樫を思い出しながら手紙を読む絵美。

 

 

 八重樫の手紙には、最後のミッション、自分の事を忘れて人生を好きに生きて下さい、と書いてありました。

 

 

 

 以前から八重樫が、ユーラシア大陸の西の果て、サグレス岬に行きたがっていた事を知っていた絵美は、今度こそ、八重樫はそこに向かったのだと信じ、学校に長期休暇を申請して八重樫を探す旅にでます。

 

 

 その頃、絵美の勤める小学校に、寄付の4000万円の小切手が送付されてきます。

 

 

 勇気ある女性教師とその子供達へ、のメッセージを見て、思わず誠也は絵美が長期休暇を取って、遠くに向かったことを確認します。

 

 

 絵美が歩き回っているあいだ、暗示的に流れているポルトガル語の曲が、二人の気持ちを代弁しています。

 

 

 「遅くならないでね、君は愛をこめて言う。

 遅くならないでね、最後に僕は神に頼んだ。

 君の心に残っていることを。

 ボクへの愛が少しだけ」

 

 

 

 とうとう八重樫の居所を見つけ出し、絵美は八重樫と初対面するのです。

 

 

 背中を向けた八重樫に、絵美は話しかけます。

 

 

 「ばかばかしいけど、思ってました。大人になっても。

 ある日、突然誰かがやって来て、素敵な世界に連れて行ってくれないかって。

 笑っちゃう。 あるはずないですよね、そんなこと」

 

 振り返ろうとしない八重樫に、絵美はそのまま話し続けます。

 

 

 「でも、現れたんです。 どうしようもなく大ぼら吹きのピーターパンが。

 大ぼら吹きで弱虫。 私が…私がちょっと気になるみたいなこと言ったらビビッて逃げ出しちゃって…

 そんなんだからモテないんですよ。

 

 自分だけ言いたい事言って忘れろなんて、カッコ良くもなんともない。

 クソです、あなたはクソの中のクソ男です。

 

 だから…たかりに来てあげました。ハエ女が」

 

 

 八重樫はまだ動きません。

 

 

 「ミッションです、八重樫さん。

 ……もう一度人生生き直しましょ? 今度は二人でーー(略)。」

 

 そして、絵美はポケットからガロの人形を取り出し、八重樫に掲げながら

 

 「大丈夫! 瀕死の男を救うお守り、私持ってますから。

 

 世界は……あなたが思っているより、まだまだずっと広い!」

 

 

 と八重樫を説得するのです。 すると、八重樫は絵美の方に振り返ります。

 

 泣きすぎて、顔がぐしゃぐしゃになっている八重樫を、嬉しそうに絵美は見つめながら近づきます。

 

 

 しかし途中で、ふと立ち止まり疑問を投げかけます。

 

 

 「一つ聞いても良いですか?」

 

 「なんだ」と泣き顔で答える八重樫。

 

 

 「普通、この場合行きますよね、ポルトガル。

 なんで、三重県…なんですか?」

 

 

 なんと、そこは三重県のテーマパークなのでした。

 恥ずかしそうに八重樫は答えます。

 

 

 「金が…ない。 調子に乗りすぎて、寄付しすぎた」

 

 

 それを聞いた、絵美はぷっ、と吹き出します。 目が合った八重樫もぷっと吹き出し、笑いながら

 

 

 「Ola senhora mosca!  お帰り、ハエ女」

 

 

 と言って、遠慮がちに手を広げました。

 

 

 絵美はまっすぐに、その腕の中に駆け込んでいきます。(終)

 

 

 

 

 実を言うと、初回を見た後に気に入って原作を先に読んでしまった私は、このエンディングに不満がありました。

 

 原作では、八重樫はちゃんとサグレス岬まで行っているんです。

 

 製作費(ポルトガル遠すぎ問題)の掛け合いで、志摩スペイン村をロケ地に使用したと思うので仕方ないのですが、他にも升毅さん演じる真田さんのキャラクタが、もう少しシリアスで恰好良ければよかったのに、と思いました。

(八重樫が本気で絵美に好意を抱いている事をほのめかす、大切なキャラなのです)

 

 

 ドラマは全体的にコメディチックで、重くなりがちな設定を軽くしてあったのですが、私はこのドラマを気に入った方には、是非、大人の恋愛を描いた原作の方も読んで貰いたい、と思っています。

 

 

 今でもふと、八重樫の気持ちを想像すると、人生の時間が有限であることを思い知らされます。

 

 (都合の)いい人なんて、くそくらえ。

 

 何かの選択を悩んだ時は、楽しそうな方、と選ぶきっかけを私に与えてくれた作品です。

 

 

 人生を変えたドラマ㊸ に続く