「素直になれなくて」(CX木22)2話の感想です。

もう、やだ、さいあく。
なかじ、キライ。

って、ハル(上野樹里)のなりきりかっつー話ですが、見ていたら、ハルの気持ちに同化しすぎて、泣いたw

なかじ(瑛太)のこと好きなのに、なかじに彼女いるの確かに知ってたけど、やっぱり朝部屋に彼女がいるとこなんて見たくないのに頑張って…。そしたらなかじが超自然体で余裕あるからやっぱり好きで、で、映画のチケットもらって、彼女いるくせに最低だと思ったけど、そうじゃなくてドクターとのデートをとりもたれてしまって、挙句ドクター経由で、ドクターを励ました話まで聞かされて、なかじ、だいっキライ。

恋してると、感情が通常の100倍ぐらいになるから…。
そんな激烈な恋感情を端から見ているだけなのに自分が恋しているかのように味わえた54分でした。北川悦吏子女史に感謝です。

しかしなかじは最悪だ。
なかじに「きらい」って言って、あれから会わなければ絶対に後悔するだろう言葉だけれども、でも端から見ると、かわいい言葉だった。いわれた方はわかんないかもしれないけど、別に、渡辺絵里子的な弱いものいじめとかえげつなさとかじゃなくて、やつあたりでもなくて、好きだからだいっきらいなんだ、というかわいらしさが伝わってきた。

私は過去の恋愛の場面において後悔することが沢山で、もし自分がハルだったら絶対にあのとき言ったことを後悔しそうと思ったけど、仮にそれで会えなくなったとしても、別にいいのかな、とも思うぐらい、かわいい場面だった。


なかじの余裕ありそうな男ぶりがにくたらしい。どう考えても、芸能界広しといえどあそこまでかっこいい男はいないと思われる玉山鉄二と、そしてかっこいい韓国系スターさんがそろっている中、あえていえば、吉川孝司の方が外見的にはかっこいいと見えつつも、それでも男前らしさがよいというか、北川悦吏子がいかにも描くオトコマエだな、となかじを見ていると思う。

「ツキのコイビト」の番宣を見ていると、ああいうキむ的かっこよさというのは90年代で終了したような気がするが。なんというか、女性的外見のかわいい子が強気な男らしさを見せる的なかっこよさは、90年代00年代前半のキむで終了した気がしますが、今は岡田将生くんみたいな薄い超絶イケメンが薄く草食男子なのに愛をつぶやくのに萌える的時代な気もしますが、この瑛太はある意味キむより若いし今風なので、現代でもありっちゃありなヒーロー像だな、と思った。男臭い男が好きなタイプの女子も今の時代でも一定数いると思われるし、そういう男が嫌いな女でもこの瑛太ならアリだなと思う気もした。

つーか、話は変わるが、わたなべえりみたいに、ああやって立場を笠に着て人の人権を蹂躙する人ってどういう神経なんだろうか。おっさんでも職場にいたけど、結局私のそのときの観察としては、キャバクラ代がもったいないから、無料で職場の地位を笠にきて女をあさるのかなとか思ったのだが、それだけでないなにかを感じるような気もする。ああいう人間にだけはなりたくない。

わたなべえりはうますぎて女優さんとしてすごいと思うし、いやな役をうまくやるほどすごいとは思うけど、生理的嫌悪感を生じさせるような役は、いくらうまいとはいえ、俳優さんとしてやるのはイメージを損なうのではないかなーとちょっと思う。ダースベーダーとか冬彦さんとか、悪役的な役でもやって株をあげることはいっぱいあるけど、「組!」の慶喜とかさ、でも生理的嫌悪感を視聴者に催させるのってものすごい技術がいることだけれども、忘れられない記憶を生じさせるので、それってどうなのかなとも思う。

私は「永遠の仔」でふるおやまさとさんが、とても上手に実の子をお風呂とかで性的虐待する父親役を演じるのを見て、たしかに俳優さんとしてはすごいスキルというのはわかるし、役者と役が違うのもよくわかっているものの、あの生理的嫌悪感はぬぐえなかった。

あと話がずれるけど、「ひとつ屋根の下」で小梅がレイプされる前に一人でおじさんの診療所に遊びに行って暗くなって一人で帰ってレイプされたのが印象的すぎて、若い女の子が山本圭のところに行く場面を見たり、さらには山本圭を見るだけでレイプのイメージが消えないこともあった。

って、役柄と役の混同するなっつー話を超えて、意味不明なイメージ記憶で恐怖を語るなってかんじだけど、なんか役者さんとしてはあんまりそういう役はやらないほうがいいんじゃないかな、と思った。

それかそういう役をやるのであれば、「女王の教室」の天海祐希のように、エンディングで超明るくするとか、イメージの固定化を防ぐ手段を講じるべきかな、と思う。


話をこのドラマに戻すと、あと思ったのは、従来の北川ドラマだと、関的役がヒロインのことが多くていらっとすることもあったが、今回の上野樹里キャラはすごくかわいらしいし、上野樹里は役柄の魅力を作り上げるのがうまい女優さんだと思うので、あと3年もしたらすごくよい女優さんになるだろうなーと思った。すてき。

そして、関めぐみ役的、ピーち的、相手のことを鑑みない無神経で自分ひとすらつっぱしり系に限っていい男をもっていくなあとも思う。その辺りもうまい脚本。


しかし随所に時代遅れ感がぬぐえないので、無理して若者文化をとりいれようと努力しても時代遅れになるのであれば、「神秘的な翔太さんへ」というメールの読みをいれた山田太一先生のように、自分の感性にのみ頼るドラマを書いた方がいいような気もする。

あとは30代40代向けドラマにシフトしてもいいし、この「若い人ってこういうの好きなんですよね?」的なずれた感じはどうにかした方がいいとは思う。

あとの感想としては、演出家が才能がとてもあるように思う。CM前の画面とか超すてきだったのに、「龍馬伝」のおおともとは違って、「おれって才能あるでしょ?」アピールがない。演出は感情表現とかテーマ表現の一つであって、それを超えて、「この演出できるおれアピール」になってしまうと興ざめだし、TV業界だと才能のない演出家が多いからちょっと演出ができるだけで悦に入るDが多いのに、このDはそんなことなく小粋に美しくてすてき。