「いきなりだがな、中国へ行きたくないか。やっぱり真の広東料理を食べてみたいだろう」
「前にチケットをとった釜山もまだなのに、もう次の旅行かしら。私の返事はいらないんじゃないの」
「一応ことわっておくほうがよいと思ってな。連休の時期で往復三万円だから、行かなきゃ損だろ」
「まあね。それって香港までよね。広州ははじめて行くけど、どれくらいの時間がかかるのかしら」

約二時間の電車で、運賃は二千円強。なんとも便利な世の中になったものだ。ビバLCCである。

「釜山行きもそうだけど、国内旅行より安くつくんだからね。物価も低いからお得感があるよね」
「香港はそうでもないけどな。ただメシの量が圧倒的にちがう。向こうは一人では食事しないからな」
「あの量には圧倒されるよね。ニ、三品だけで本当に充分。食事の量に細かくないのが嬉しいよね」
「ああ。その理由だけで、俺の来世は中国か東南アジアで生まれたいほどだ。素晴らしすぎる」

ライスの量で値段が変わるのは、日本以外のアジアでは考えられない。減反なぞ、もってのほかだ。

「なにしろ食は広州にあり、だからな。とにかくなんでも食材にする。ゲンゴロウなんかも食うそうだ」
「あなたって、虫の話になったら目がかがやくわね。いっとくけど、私はそこまで付きあわないから」
「俺もマニアなわけじゃないよ。ただ、食としての文化がしっかりと伝わっているのなら一度くらいな」
「香港でも食べたけど、やっぱり飲茶がいいわ。目の前で出来たてを選べる楽しさがあるからね」

知りあいの香港人おすすめの店で、何度かいただいた。ワゴンで運ばれる熱々の点心がたまらない。

「もっと観光にも集中すべきだが、今回はあまり計画をたてたくないんだよ。ふらっと街なかを歩きたい」
「そうね。知らない土地で二人きりで散歩するのも、いいよね。できれば澄みきった早朝がいいなあ」

俺は夜がいい。深いスリットのチャイナドレスにまとう彼女を、唯一知っている中国語で口説きたいから。