「すまんな、突然つきあわせて。どうしようもなく寿司を食いたくなってな。まあ回転する店だけど」
「まだ夕食の買い出しをしてなかったから、全然平気よ。さて、今夜は何皿たべるのかしら」
「最近太りぎみだから、15皿くらいにしておくよ。ゆっくりしたペースなら、ほどほどに腹がふくれるさ」
「それでも食べすぎよ。私なんて5皿くらいで充分なのに。お寿司って、ご飯がメインだからね」

学生時代は20皿くらい平気だったが、年々新陳代謝が落ちてきたので控えめにしておく。
一貫ごとにガリで舌をリセットしながら、回ってくるネタを楽しむ。ここで今日学んだことを実践した。

「俺はまったく知らなかったんだけど、寿司を食べるときはネタを下側にむけるのが正式なんだと」
「そうなんだ。私もはじめて聞いたわ。あまり醤油をつけないほうだから、そのままで食べてたわ」
「まず与えられた寿司を横向けにしてつかみ、ネタへかるく醤油をつける。そして逆さまにするんだよ」
「なるほどねえ。たしかにそのほうが合理的だわ。やっぱり先にお魚を味わうのが目的なんだよね」

この方法で口にいれてみると、たしかにこれまでの味わいと異なる。ネタの新鮮さがはっきりわかる。

「じつは会社の同僚が教えてくれたんだよ。ヤツも最近ネットで知ったそうだ。俺も自慢したいなあ」
「でも、横向けにできないお寿司もあるよね。ほら、このカルパッチョのとかなんてとても無理だわ」
「そこは臨機応変でいいんじゃないか。というより、正式な食べ方を知らないほうがほとんどじゃないか」
「まあ、おいしかったら何でもいいんじゃいないの。お寿司って、もともとファストフードらしいからね」

現在の握り寿司は江戸に起源をもち、屋台で立ち食いが主流だった。適当に頼んでさっと食っていく。

「思えばラーメンに似ているかもな。本来は簡易な食事だったのが、いつの間にやら道があるという」
「時間をかけるようになったのは文化が熟した証拠よ。だってねえ、その、野生動物のアレって、ねえ」

勝手に顔を赤らめている。よし、今夜のアレは順序を逆にかえて
るか。言っとくが歯磨きのことだぞ。