「ごめんね、寝坊しちゃったわね。起こしてくれたらよかったのに。楽しみにしてたんでしょ」
「べつにそれほどじゃないよ。どうせ行ったところで、難解な劇を見せられるだけだからな」
「彼はとても面白い人だけど、あの内容が毎回つづくとツライよね。寝坊の言い訳じゃないのよ」
「わかってるよ。それでも数回に一回は当たりがあるし、彼の演じる役どころが面白そうだからな」

十数年来の友人が趣味でつづける小劇団のレギュラー公演の案内が、数週間前にあった。
日頃の付き合いと、いわゆるアート的な感覚を取り戻す目的だったが、彼女の体調不良を優先した。

「ちょっと夏バテっぽくて、目は覚めてたんだけどなかなか起き上がれなくてね。申し訳ないわ」
「いいよ、ゆっくり休んでろ。休日は、こういうときのためにあるんだから。いつでも自分を優先しろよ」
「ありがと、じゃ遠慮なく横にならせてもらうわ。なんか体が重くて、食欲もあまりないのよね」
「典型的な症状だな。ここのところむし暑さがひどかったから、ろくに睡眠がとれなかったんだろう」

寝返りを何度もうっていたので、その苦しい様子はわかっていたが、かたくなにエアコンを拒んだ。

「たしかに眠るのは楽だけど、寝起きが今以上に重くなるのよ。それが一日中、つづいちゃうからね」
「でも結果的に寝こんでるんだから、一緒じゃないかな。意地をはってる場合じゃないぞ。心配だ」
「あなたこそどうなの。もし寝苦しいなら、私なんかに構わないでいつでもスイッチをいれていいよ」
「いまは俺の心配なんかしなくていいよ。まずは食欲をとりもどすことに集中してくれ。味噌汁はどうだ」

それくらいなら大丈夫だわ、と横になりながら返事する。インスタント物に、いくつか具を加えてやった。

「玉子に鶏肉、うす揚げにジャガイモか。いかにもあなたらしくて、豪快な味だわ。ゆっくり食べるわね」

たまには病弱を演じるのもありね、と体をよせてくる。観客は誰もいないから、甘え役に徹しておくれ。