「ああ、今年も夏フェスには行けなかった。来年こそはと、いつもこの時期に誓うんだがな」
「なにしろ暑いからね。いまテレビで見てるイギリスのは、どれくらい集まってるのかしら」
「わずか三日間で20万人も来るそうだ。それこそ日本でやったら、死人が続出だろうな」
「むこうは湿気がないから平気なのよ。それでも観客の一体感はうらやましいくらいだけどね」

老若男女問わず、各々の楽しみ方でロックフェスを満喫している。宿はもちろんテントである。

「気になるのはトイレだよな。あれだけの人数を一度にさばくとなると、相当な設備が必要だぞ」
「なにしろ20万人だからね。花火大会もそれくらい集まるけど、あれは一時間くらいだからなあ」
「かたやフェスのほうは一日中つづくもんだから、トイレへならぶ人も絶えることがないだろう」
「男性はすぐ済むからいいけど、女は長いのよね、行列が。あの時間ほどムダなものはないわ」

それなら携帯トイレを使ったらどうかと問うと、そんな場所があったら苦労しないと反論する。

「結局はパンツを下ろさなきゃいけないから、周囲に悟られない場所をさがす必要があるのよ」
「じゃ、テントですることになるな。俺はへんな趣味はないから、もちろん外で待ってやるよ」
「ありがと、と言わなきゃいけないのかしら。でも、相当な緊急時じゃないと、使う気はないからね」
「そのときは俺がためすよ。それはもう、ここぞとばかり見せびらかしてやるさ。行列の前でな」

ただの変態じゃない、と彼女があきれ顔。もちろん冗談だが、それなりの準備が必要ということだ。

「一度はぐれると探しだすのは難しいぞ、20万人のなかではな。なにか合図をきめておこうか」
「来年の話なのに気が早いわね。それに簡単よ、こうしていたら絶対に離ればなれにならないから」

照れながら手を握ってきた。俺は一向にかまわないが、この状態で彼女はトイレができるのかね。