「いま読んでる本がとんてもなく面白いんだが、チベットについてなんだよな。想像できないだろ」
「ダライ・ラマくらいしか知らないわ。そういえば去年だったかな、お坊さんが焼身自殺したって」
「ああ。哀しいくらいに文化破壊が進んでいるそうだ。それに対しての、まさに身を投じた抗議だ」
「きっと超えてはいけない一線があったんだろうね。価値観の押しつけは、許されないことだから」

移民した漢民族は、すでにチベット人の人口を超えたそうだ。首都ラサも急速に観光地化されている。

「なにしろ言論の自由がないというか、ダライ・ラマの名前を口にすることが禁じられているそうだ」
「それって、信じる神様の名前を言っちゃいけないってことだよね。信心深い人にはつらいだろうなあ」
「だから著者は、真のチベット文化がのこるパキスタン国境にちかいインド北部へ旅したんだよ」

そこはパキスタンに近いチベット自治区西側の国境に接しており、インド的な雰囲気は皆無とのこと。

「とにかく純朴なチベット人に感動したんだと。世のため、人のために生活する彼らの人生観にな」
「現地での写真がいくつかあるけど、質素な暮らしよね。でも、穏やかな笑顔がすばらしいわ」
「貧富の差があまりないからかなあ。総じて貧しいというか、裕福でないから焦る必要もないんだろう」
「本当は、もっと豊かになりたいのかもしれないわよ。でも、幸せの優劣はお金では決まらないからね」

日本人の自殺率が彼らより圧倒的に高いのが、その証拠である。人生の豊かさは笑顔の回数にある。

「見ろよ、この写真。照れながら母親に抱きつく姿がかわいすぎるな。まあ子供はどこでも変わらんか」
「おたがいに心の底から笑っているね。子は親の鏡だから、そういう環境をいつまでも保ちたいよね」

笑う門には福きたるだが、夕飯を懸命に食べる俺をみて、妙な笑顔を見せるのは気のせいだろうか。