「遺言か、考えたこともなかった。だが万一の備えとして作っておかなきゃ、ダメなんだろうなあ」
「それが大人としての準備といわれればね。でも金銭的なもの以外は、別にどうでもいいわ」
「男はだな、とくに一人暮らしの独身男性はなにかと問題があるんだよ。見られたくないものがな」
「あなたも何かコソコソと隠しているものがあるみたいだけど、私は気にしてないから大丈夫よ」

その言いかたは、じつに気になる。寝静まったころを見はからって、場所をかえる必要がでてきた。

「まあ、死んだあとのことをあれこれ考えてもしかたないけどな。どうにかなるものでもないし」
「すくなくとも、変なものはすぐに処分するから安心して。誰にも故人の汚点は見せないからね」
「くそう、どこまで知られているのやら。男の聖域をあまり冒さないでくれよ。これでもシャイなんだぞ」
「バカね、そんなに心配しなくても大丈夫よ。カマをかけてみただけだから。でもどこに隠してるんだろ」

興味津々で顔をのぞいてくる。絶対にわからない場所に置いているので、早々は見つからないはずだ。

「だが、そういうことも遺書には書かなきゃいかんのだろうなあ。そういや面白いソフトがあってさ」
「私も見かけたやつかしら。強い地震が起きたら、自動的にセットしたファイルが削除されるのよ」
「おお、まさしくそれだ。逆のバージョンもあればいいんだけどな。遺書が自動出現するような」
「でもね、実際に大地震が起きたら電気がすぐに止まると思うわ。ソフトが起動する間もなくね」

そこは地震速報で対処するのだろう。いずれにしろ機械まかせはよくない。自分で責任を持たねば。

「じゃ、明日にでも書いてみようかな。ほんのひとときだけの死後の世界を味わってみるよ」
「私に何を遺してくれてるのか、楽しみにするわ。そんな日が来ないことのほうを期待するけど」

お金なんかより、想い出を残してほしいとのこと。俺としては、彼女自身が一番の財産なんだけどな。