「今年の盆は、あまり休めなかったなあ。すまんな、どうしても断れない仕事や引継ぎがあって」
「私は何も気にしてないから大丈夫よ。それにこれだけ暑いと、外出する気分にはなれないわ」
「それでも海には行きたいだろ。どうだ、泳ぐまでとはいわないが軽く潮風に吹かれてみるか」
「いいわね。海岸沿いのドライブにしようか。適当なところでおりて、海の家でランチしたいわ」

正直、あのような店での飲み食いは値段が高いわりには美味くないので、あまり好みでない。
だが、海での夏を感じるには最強のアイテムのひとつである。車なのでビールは飲めないが。

「へたにノンアルコールのやつを飲むくらいなら、氷水にひたしたラムネでいいよ。売ってるかな」
「どうかしらね。缶ジュースはいくらでもあるだろうけど、昔のあのタイプはなかなかないかもね」
「小学生の頃を思いだすよ。近所の市場で、夏になるとラムネを30円で飲めた。安かったなあ」
「なかにビー玉がはいってたやつね。あれってコツがいるんだよね。苦労した覚えがあるわ」

懐古主義ではないが、ラムネビン独特のフォルムが失われたのは惜しい。手作り感を味わえない。

「なんか建築物の盛衰と似たようなものがあるな。均一化が進みきって、記憶に残らないというか」
「中身さえしっかりしておけば、外見はどうでもいいってことよね。決してそうではないんだろうけど」
「ムダなものを省くのは商売として正しいんだけどさ、そうじゃないところでも訴えてほしいよな」
「それは女にとって必要だわ。経済力だけでなくて、目に見えない部分でのアピールというかね」

それが気遣いや愛情という言葉になる。もちろん、お金とともにそろっているのがよいのだろうが。

「たしかに中身は重要だけど、過剰にこだわらなくいいの。見えないものを含めて判断するから」

だから海へ連れてくれることに感謝するわ、とのこと。俺はただ、君のラムネがわりになりたいだけさ。