「しかしまあ、よくしゃべるオバサンだったよな。あれじゃ旦那が参るのもわかる。機銃掃射のようだ」
「こちらへ隙をまったくあたえないっていうか、喋らせる気がないのね。きっと、その時間も惜しいのよ」
「もしかするとある種の強迫症かもしれんなあ、あそこまでなら。沈黙に恐怖をおぼえるというか」

ストレス性の胃潰瘍で入院している上司を見舞った。手術の一歩手前で踏みとどまっている状態だ。
規則正しい生活と適切な食事で治るそうだが、その原因が仕事でないのは容易に想像ができた。

「もともと口数がすくない人だけど、自然にそうなっちゃったんだな。あれはさすがに胃にこたえる」
「陰口をいう気はないけど、ちょっとね。奥様からすれば、無口な旦那様に不安になっただけかも」
「ものには限度ってのがあるよ。もし俺がフルスロットルの状態でしゃべりつづけたら、どうするつもりだ」
「それは大丈夫。すくなくとも食事時には、その心配がなくなるから。あと
あなたはお酒に弱いしね」

そういえば、小洒落た会話を楽しみながらの食事はした経験がない。料理を冷ますのは良くないからだ。

「その、なんだ。一口食べるごとに、君の瞳はこのキンメダイのように輝いているとか言ってほしいのか」
「褒め言葉かどうか迷うのをいうくらいなら、やめてほしいわ。でも、ちょっとは会話を楽しみたいけどね」
「メシを食っているときにメシ以外の話題になったら、せっかくのメシをしっかりと味わえないじゃないか」
「そんなにいわなくても分かったから。私も最初から期待してないわ、あなたと一緒になってからね」

そうはいうものの、どこか不満気な顔。それがストレスとなって入院されては大変だ。期待にこたえねば。

「よし、わかった。今夜は中華料理屋で、今後の日中関係とラーメン外交について語ろうじゃないか」
「どういうテーマよ。そんなのじゃなくて、ほんの世間話でいいの。すこしだけロマンチックになれたらね」

彼女の希望で、夕食はフランス料理店へ。その魂胆は、俺の唯一知るフランス語をいわせるつもりだな。