「今日はあせったよ。いつものように駅にいったら、なかなか電車がこないんだ。で、遅れてやってきた」
「休日ダイヤなのを忘れていたのね。遅刻はしなかったのかしら。言い訳にはならないけどね」
「なんとか間にあったからよかったけど、まあ大目にみてほしいよな。たかが数分遅れた程度でさ」
「お盆くらいはゆっくりしてもいいよね。こんなに暑かったから、誰も汗をかくように急ぐことはしないし」

およそ日本人ほど時間にうるさい民族はない。少なくとも出勤時刻と始業時刻は区別されるべきだ。

「自ら就業時間の安売りをしても、意味がない。仕事に真面目であるほど、生活に不真面目というか」
「そうねえ。残業して会社に貢献するのはいいけど、プライベートを犠牲にするのは本末転倒だわ」
「滅私奉公があるべき姿とされるのは、いい加減にやめてほしいよ。俺は積極的に退社するけどな」
「それこそ仕事が好きで好きでたまらないのならいいけど、そんな人はとっくに独立してるよね」

本来なら早く仕事を終える人ほど評価されるべきだが、実際はそうでない。不思議な価値観である。

「マイペースでいいんじゃないか。そうなると質が落ちるというが、それなら給料をさげりゃいいんだ」
「それは極端だけど、そういった意味での賃金の差はあっていいかも。モチベーションにもなるし」
「人間なんだかんだいってキツいのはいやだから、全体的な質は下げるだろうな。でもそれでいいよ」
「前にね、スペインかどっかの国の都市を散策する番組があったの。そこでのノンビリ感といったらね」

平気でバカンスを三週間とる国である。そういったところでは、すくなくとも時間にはうるさくない。

「気持ちの余裕が、他人への気遣いを生みだすのよ。人間には必ず失敗があるってことを自覚しなきゃ」
「なかなか良いことをいうじゃないか。その精神を俺にも与えてほしいよ、昨夜はとくにな。わかるだろ」

バカね、と彼女が顔を赤らめる。疲れて大きなイビキをかいたことだが、何を勝手に勘違いしたのやら。