「ちょっと仕事で外回りたときに、かなしい出来事を発見したんだよ。涙が出そうになった」
「あなたがそこまでショックをうけることは、どうせ食べ物のことだろうけど。ラーメンでもこぼしたの」
「仕事だっていったろう。たしかにカップ焼きそばのお湯じゃなく、麺をこぼしたときの失望感はないが」
「で、歩きながらカップラーメンを食べてたら、車にひかれそうになって落としたのね。かわいそうに」

勝手な想像はやめてほしいが、前に祭りの屋台で買ったイカ焼きをぶつけて落としたのには泣いた。

「そうじゃないんだよ。二年前に一緒に行ったタイ料理屋を覚えているか。いかにもユルい感じの」
「ああ、あそこね。たしか入り口にトゥクトゥクが置いてあって、店内もガタついたテーブルだらけの」
「そうだ。バイキングシステムで明らかにどの料理も冷めてたが、味はしっかりしていた」
「オーナーさんも、ヤル気があるのかどうかわからない感じだったよね。客を放ったらかしというか」

彼の仕草には愛想がまったくなく、現地タイ人の接客態度と同化していた。それでいいのだけれど。

「だが今日、そばを歩いていたらテナント募集の看板があがっていた。やっぱりダメだったんだなあ」
「私たちもすこし驚いたものね。ここまでいい加減で大丈夫かなって。私自身はかまわなかったけど」
「俺も好きだったんだけどなあ。たしか割引チケットで食べ飲み放題1500円だった。感動したよ」
「それが失敗したのかしらね。たしか12月に行ったきりだったよね。夏にまた来ようって誓ったはずよ」

店内もオシャレとはいいがたく、客のセルフサービスに全て委ねるスタイルだった。それでいいのである。

「店の場所の問題もあったんだろうけど、やっぱり接客かな。俺は最高にリラックスできたんだけどなあ」
「美味しければ、それでいいのよね。食事の雰囲気は、店じゃなくて二人でつくりだせばいいのよ」
「おお、わかってじゃないか。店は美味いものを提供してくれるだけでいい。集中したいからな」
「あなたって、気取ったフレンチとか毛嫌いするよね。もちろん、いつもの自分を出せるほうがいいけど」

たまには気取ってみたいわ、と彼女がねだる。お嬢様、俺の財布をテナント募集にさせないでくれよ。