「モロッコか、いつか行ってみたいよ。海に山に緑に砂漠と、地球環境の大半が揃っているだよなあ」
「カサブランカには、いつか訪れたいわ。あの映画のように、ちょっと哀しいロマンスを携えながらね」
「英語も喋れないくせに、どうやって異人の男前をつかまえるんだよ。みんながボギーじゃないんだぜ」
「あんなに渋い男性がいたら、たまらないわ。決して男前じゃないけど、自信にみなぎっているというか」

クラシック映画好きなら誰でも知っているハンフリー・ボガート。数々の名画で主演をはった。
彼女に勧められた映画「アフリカの女王」は中年男女のラブコメが見られ、とても面白かった。

「あの強気でならしたボギーが、弱い一面を見せまくるシーンがいいんだよな。体の肉もたるんでるし」
「私もね、あの場面は好きなの。かわいいじゃない、何かにおびえている姿って。立派な大人なのにさ」
「やっぱり母性本能が、そういう感情を働かせるんだろな。かわいいという発想は、まるでわかないよ」
「どんな状況でも何かを守りたいという想いや感情は、女をやってたら誰もが持ちつづけるはずだわ」

じつに立派だ。ボランティア精神を見せきったマザー・テレサも、その本能が最大限に働いたのだろう。

「寿命のことを考えると、やっぱり女のほうが強い。これは覆せない事実だ。だから男はムキになる」
「あなたはどうなの。そんなことを無意識に思いつづけながら、日々をくらしているのかしら」
「そこまではさすがにないけど、ふとした瞬間に思ったりはするかもな。残り時間を考えることが」

それってとても無駄なことだわ、と彼女が頭ごなしに否定する。だが、寿命の事実は否定できない。

「私がそばにいるかぎりは、そんなこと考えないで。天変地異が起こったら寿命なんか関係ないもの」
「だけどな。いざというときの保険というか、その後のことを対策するのは大切だぞ。大人なんだから」
「私はね、あなたを失ったあとのことなんか考えたくないっていってるの。お願いだから、いまはやめて」

ふと見れば、瞳が潤んでいる。映画のような結末にしないために、乾杯かわりのキスをしておいた。