「あら顔が、じゃなくて顔色がわるいわね。いったいどうしたの。食べすぎかしら」
「おい。心配するのはありがたいが、なにか妙な言いまわしが聞こえた気がするぞ」
「幻聴じゃないかしら。誰もあなたの顔のことなんか、気にしてないから。微塵もね」
「俺の健康を気づかってくれてるんじゃないのかよ。顔のことはいいんだ、顔は」

薄笑いをしながら、台所から冷奴をだしてきた。風呂あがりなのにビールをもってこない。

「たぶん夏バテじゃないかしら。その顔は私を青ざめさせるもの。アルコールはダメ」
「人を妖怪よばわりするのはやめてくれ。まあ、たしかに当たっているがな。全身がダルい」
「ビールは脱水をすすめるから、飲まないでね。今夜はお粥のほうがいいかしら」
「食欲はあるから大丈夫。胃もたれが多少あるけど、用意しているなら出してくれよ」

ビールのない晩酌をするくらいなら、そのまま夕食をとるほうがマシだ。早食早寝にかぎる。

「今日は暑かったからね。私もバテ気味だから冷麦にしたわ。物足りないかもしれないけど」
「いや、充分だよ。これ以上、胃を荒れさせたくなかったからな。何把いれたんだ」
「とりあえず三把にしておいたわ。100gのだから、私は一把でお腹いっぱいになるからね」
「特盛系ラーメン店で400gを当たり前にたべる俺からすれば、あまりにも小食すぎるぞ」
「あのね、あなたの基準は世間では規格外だから。それに胃の大きさは遺伝するのよ」

彼女の母親も胃の大きさは似ており、ゴハン一杯で充分とのこと。その分、父親が処理していた。

「こういうのも遺伝なのかな。それほど父親ベッタリだったわけじゃなかったんだけどね」
「そういえば今から思うと、俺と同じく歌舞伎俳優のような二枚目だったよな。親父さんは」

冗談は顔だけにして、と彼女が笑う。冷麦のツユのように、彼女の美をひきたてているつもりだが。