「いよいよ夏休みだ。なんて実感は、社会人になって消えてしまったがな」
「大人になって失ったものよね。期間の長さかな、やっぱり夏がいちばん想い出があるわ」
「そうだよなあ。実家は貧乏だったから旅行なんていけなかったけど、それでも楽しかった」
「私は盆休みに父親の実家へいくのが毎年の恒例だったわ。富良野に住んでたから」

それはなんともうらやましい話だ。ヒートアイランドから抜けだすには最高の避暑地である。

「気温はそこそこ上がるのよ、30度くらいはね。でもカラッとしているから、汗はかかなかったわ」
「それこそ美瑛までいったら、丘の吹く風で冷房いらずだろ。日がな寝転がっていたいよ」
「でも、子供だとあの風景もすぐに飽きるのよね。どっちかというと富良野のデパートで遊んでたわ」

そんなのがあったかと記憶をたどったが、たしかに小さいながらも百貨店的なものがあるらしい。
いつの時代も子供は流行に敏感だ。美瑛の丘など、たんなる原っぱにしか見えなかったのだろう。

「結局さ、車でしか行けないから面倒くさいんだよね、親が。私も何して遊んでいいかわからないし」
「そういうもんだよな。俺も母親の実家へ数年おきに連れられたが、友だちがいないから寂しいんだよ」
「いまから思うと贅沢な盆休みだったけど、じつはあまり楽しくなかったのよ。プールにも行けないしね」
「難しいところだ。親からすれば精一杯の愛情のはずだけど、子供は案外、身近なものを望むんだよな」

それでも地元にこもっていては、絶対に味わえない体験が必ずある。それはいつまでも心に残る。

「あれは夏祭りだったかなあ。静岡でみた天の川だった。夜空がまぶしいんだよ、文字どおりに」
「私もね、いつも夜空は楽しみだったわ。こぼれ落ちそうなくらいの星空をずっとながめていたわ」

もはや裸眼では何も視認できないが、今年の夏は二人で子供に戻ってみるか。めざせケンメリ、とね。