「いよいよ入院だってさ。三ヶ月間、抗ガン剤をうつそうだ。つらいだろうなあ」
「かならず治るのなら我慢できるけど、こればかりはねえ。個人差が相当あるみたいだから」
「そうなんだよなあ。なにしろ吐き気がとまらなくなる。大食漢だっただけに心中察するよ」

およそ肝臓の75%が腫瘍に冒されている状態。機能の問題から切除は現状では無理だ。
抗ガン剤で悪性部位を小さくするか、ダメなら血流をとめるか。いずれにしても完全治癒は困難だ。

「さすがに言わなかったけど、俺だったらあきらめてしまうよ。残りを好き勝手にすごしたい」
「そのときにならないと、本当にそんな考えができるかわからないわ。相当悩んだのでしょうに」
「そういってたよ。娘さんともお会いしたんだけど、これが美人でさ。まだ結婚してないんだって」
「だったら、よけいに生きる可能性にかけたいわね。孫の顔を見るまでは、ってことだろうね」

人が生きる理由は、他人との関わりが大半かもしれない。自分の存在意義をそこへ見いだすのだ。

「お前のために俺は生きてるんだ、なんて想いは暑苦しいが、それでも死に向かうよりましだ」
「最後の瞬間まで幸せを探しているのよ。ほんの小さなものでもね。子供の笑顔とか」
「やっぱり、どんなときでも
寂しいのはつらいよな。死の恐怖というのはそこにあるのだろう」
「永遠のお別れだからね。うん、それは本当につらいわ。かなしすぎる。一人っきりはイヤ」

グッと手をにぎる彼女。手のシワをあわせたシワ合わせから、シアワセに変化したのは納得だ。

「今夜は娘さんが、にぎってあげてるんだろうね。あなたはすぐに汗ばむから、嫌がるだろうけど」

手は感情がもっとも表れるという。汗まみれになった手の平は、愛情の雨しづくだと思っておくれ。