「うーん、携帯のメールがおかしくなったぞ。まったく開かないし、削除もできない」
「どこからきたメールなの。もう一回、おくってもらったらいいのに」
「それがまったくわからないんだよ。送信者も日時もまったく表示されない」
「まだ未読なのね。急なものだったら再送してくるはずだから、大丈夫じゃないの」

じつにあっけらかんとしている。小心者からすれば、大事な用件かと心臓に負担がかかる。
だが普段から、そういった内容はつねに口頭でつたえてくる彼女。しょせんはメールということだ。

「だってね、急ぐものだったら電話するじゃない。すぐに返事がほしいんだったらね」
「そりゃそうだけどさ。相手の事情ってものをかんがえると、やたらめったら電話できないよ」
「まずはそんな急用を相手に求めないことね。勝手な願いの押しつけなんだから」
「まったくの正論だ。俺も昔は携帯など目にもくれなかったが、やっぱり持つと使っちゃうんだよな」

気軽がゆえに、つい急を要する件でもメールで送ってしまう。それを読める環境にあるかを考えずに。

「すぐに返事をくれ、なんて書かれていたら何様だよって思うよな。連絡手段が他にないならともかく」
「つまりは、それまでの関係なのよ。それ以上、求めてはいけないし、求められる必要もないわ」
「線引がはっきりしてるなあ。なんか再発見だよ。そこまでドライなれるものかってね」
「私はべつに冷血ってわけじゃないわよ。ただ、文字で行動をしばられるのがイヤなだけ」

そこまではっきり言われると、かえって試してみたいのが男の性だ。さっそくメールを送ってみる。

「バカね、すぐに見ると思ってるでしょ。見ないわよ。意地でも携帯をひらかないから。残念ね」

聞こえぬふりをして外へでる。送った内容は、返信しないと二度と戻らない、とおどしてやった。
すると、早くしないとニラレバ炒めが冷めるわよ、とのメールが。俺にとっての急用がわかってやがる。
家に戻ると、彼女が携帯とにらめっこしていた。冷ましたくないのはニラレバだけじゃなかったんだな。