「今日は一日雨だったな。せっかくの平日休も、なんかもったいない気がするよ」
「この時期はしかたないじゃない。たまには体のリセットも必要よ」
「ずっとテレビを見ながら食っちゃ寝してたけど、もういいや。なんか飽きたぞ」
「帰ってみたらお菓子の袋ばかりだったのは、そういうわけね。ほとんど歩いてないでしょ」

ここ数日、残業がつづいていたので横になることを体が欲していた。頭の動きがにぶい。

「ちょっとコーヒーをいれてくるわ。軽めのブラックは体全体をリラックスさせるのよ」
「それくらい俺がやるから、さきに着替えてこいよ。晩飯前だけど、クッキーは食べるか」
「うん、ありがと。それって、あなたの友だちがお土産にもってきてくれたものよね」

イギリスから一時帰国していた旧友からいただいた、彼の義母が作ってくれたやつだ。
さすがに本場のおふくろの手料理だけに、シンプルだが口なじみのよい味に仕上がっている。

「私も学生時代は結構つくってたんだけどね。最近は時間がなくてできないけど」
「俺が実験台というか、毒見人にさせられたことを覚えているよ。食費がういて助かったけどな」
「あなたって感想が簡単すぎるから参考にならないのよ。うまいか、まずいかって」
「俺に料理評論家みたいなのを求めるのは無理だし、あんな文学的な表現などしたくもない」

最初からわかっているわ、と彼女がうそぶく。じゃ今度の日曜日でも作ってくれと、リクエストする。

「よし、久しぶりに気合をいれますか。あなたは美味しいもの目の前にすると、無口になるからね」

それは食べることに集中するからだが、たしかに偏った味を会話で補完するときもある。
ふと見ると、彼女が幸せそうにクッキーを食べている。俺がもっとも無口になる瞬間なのさ。