「いやあ、思いきりわすれてしまったよ、携帯を。どこかになくしたかと思ってた」
「枕元に置いとくからよ。アラームがわりなんかにしないで、ちゃんと置き場所をつくればいいのに」
「一応、地震とかあったときの連絡用にな。まあ、そのときは基地局など潰れてるだろうが」

あとは財布やクツ、メガネなどを置いておくべきだが、場所がない。非常用バッグが必要だ。

「つめこみすぎると、すぐに持ち運べないしね。取捨選択が難しいわ。化粧品なんか必要ないし」
「そうだなあ。食料品も、なるべくコンパクトな乾パンになってくるだろうな。あとは水だ」
「通帳とか印鑑とかいるかしら。銀行がどこまで機能するかわからないけど」
「なにしろ寝起きに持ちだす物だからな。パジャマで飛び出すわけにはいかんから、服も必要だ」
「防寒着がわりに雨ガッパはどうかしら。もちろん下着もたくさんほしいけど、贅沢だよね」

考えだしたらキリがない。だが、いまの自身にとっての大事なものをはかることにもなる。

「ぱっと見わたしたかぎり、なんか思いうかばないんだよなあ。これだけは絶対にいるやつって」
「物に執着心がなくなったってことかしら。命がかかってるから
そうなるのも当たり前だわ」
「いや、違うんだよ。前はこれだけは離すものかと思ったやつがあったけど
今は本当になにもない」
「しょせんは物だもんね。置きかえることが可能なら、それにこだわる必要なんてないから」

それでも、どうしても持っていきたいものが一つある。ひそかにしまっていたのを取りだしてきた。

「あら、お守りじゃない。どこで買ってきたの。なんか見おぼえがあるけど」
「忘れたのかよ。俺が盲腸で入院したときに、急いで持ってきてくれたやつだ。これは俺の宝だ」

ありがと、と彼女が赤らむ。感謝すべきは俺のほうだ。お守りのなかの女神と暮らしているのだから。