「それにしてもよく食べるわね。想像していたよりはおいしかったけど、あの量はすごいわ」
「なあに、俺の口にかかればなんてことないさ。400gくらい、河童の屁のようなものだ」
「しかも野菜がてんこ盛りになってたからね。ほとんどはモヤシだけど、それにしても圧倒だわ」

数年前から話題の大盛り系ラーメン店へ、はじめて連れて行った。かの地は男の戦場だ。
そんなところに食の細い女をつれるのはいかがかと思ったが、これも人生経験である。

「なんとか小ラーメンを食べきれたけど、なんであなたのほうが早いのよ」
「いったろう、あそこは戦場だって。店へ入った瞬間、塹壕にとじこめられた気分になるんだよ」
「お世辞にも清潔とはいえなかったわね。完全に女性客を無視してるっていうか」
「そりゃ、メニューをみれば一目瞭然だ。ダイエット願望なぞ、あっという間に粉々さ」

カロリー計算をしたくないほどに、暴力的な量と脂。太れる食物が正義だった戦後を思い起こさせる。

「そんな時代には生きてないけどな。でも、なにかあったときはエネルギー供給を真っ先にしないと」
「そういえば、あなた言ってたわよね。ベトナム人が戦争に勝ったのは、ゴハンのおかげだって」
「ああ、間違いない。何しろ年に三回も米がとれ、とにかくどんなところにも屋台がある。桃源郷だよ」
「たしかにどんな環境でも食べることさえできれば、なんとかなるものね。私も胃を鍛えなきゃ」

本人が細い食欲に満足していれば問題ないが、意味のない我慢はまったく退屈な人生だ。
自分の限度をしりつつ、たまには暴飲暴食をかさねてよいはずだ。次の日にコントロールさえできれば。

「それがなかなか難しいから、みんな悩んでるのよ。女は男よりすぐに脂肪となり贅肉となるからね」
「じゃ、俺の存在はどうだろうな。ビタミンCのように、目に見えない形で欠かせないのかもな」

あなたはすでに私のなかにいるわ、と彼女がうそぶく。ビタミン代わりに酸っぱいものを用意してやるか。