「国境か、いいなあ。島国の日本では味わうことのできなエリアだ。緩衝地帯なんて最高だよな」
「いま映っているところって、たんなる地下道じゃない。トンネルの向こうはって感じね」
「そんなにいい雰囲気が待ってるわけじゃないがな。でもなんだろ、このワクワク感は」
「そうねえ。何があるわけじゃないけど、このリラックスした様子はアジア独特よね」

ラオスとタイの国境の風景をうつしだす旅番組。数年前に訪れただけに、懐かしさがたまらない。
独特のむし暑さには苦しんだが、ある種のいい加減な国民性に気楽な旅を楽しめたものだ。

「そう、こういうことなんだよな。平気で三時間ほどバスが遅れるんだけど、しょうがないんだよ」
「いわゆる運行ダイヤって、あるようでないよね。とにかく待って、来たやつに乗るって感じだったわ」
「なにしろ暑いから、根をつめて働いたらすぐにエネルギーが切れるんだ。生活の知恵だな」
「そうよね。彼らに朝から晩まで働かせるのは無理があるわね。私は絶対に死んじゃうわ」

中流階級の家庭や会社にはエアコンが完備してあるが、一般人はまだまだ扇風機での対応だ。
気候や環境がまるでことなる彼らに、こちらの生活習慣をおしつけてもしかたない。
納豆や梅干しを好む文化はそれに応じた舌が必要であり、その土地に根付いたDNAで決定される。

「なにがいいたいかというと、俺も彼らにくらべればかなりセカセカしているってことさ」
「ふだんは時間に結構うるさいよね。ちょっとでも遅れたら、すぐに怒るくせに」
「イラッとはくるけど、べつに怒りはしないよ。ただ、先方に迷惑をかけたくないだけさ」
「でもね、たった10分ほどで何か人生がかわることってないよね。なんか、ゆったりしたいなあ」

それを気づかせてくれる東南アジア。あせったところで、なにひとつ始まるわけではない。

「ひさしぶりに時間を気にしない旅をしたいわ。いつになるかわからないけど、きっとね。約束して」

少なくとも彼女といるときは気楽でいたいし、そうさせたい。今夜は何もせず、腕枕で寝かせてやるか。