「いいなあ、こういう暮らしって。ほんと絶景よね。私たちとはまったくちがう世界だわ」
「ないものねだりのような気もするが、この雄大な景色をみると、そんな嫌味もふきとぶな」
「あなたは我慢できるかしら、遊牧生活って。たぶん、ゴハンはおいしくないわよ」
「郷にはいれば郷にしたがえだよ。それしかできないとなれば、なんとでもなるさ」

とはいえ、しょうゆや味噌などをこのさき味わえない
はつらい。この世の地獄である。

「俺はタバコをやらないからわからんが、ニコチン切れとおなじ症状になるんだろうなあ」
「ほとんどの日本人が、その禁断症状におちいりそうだけどね。やっぱり手がふるえるのかしら」
「へんな夢ばかりみるかもな。醤油につかったプールとか、味噌でみたされた風呂だとか」
「私なら、梅干しを顔中にはりつけられた夢かもね。あれって偏頭痛にきくらしいけど」

実際はそこまでいかないだろうが、ともあれ生活環境が大いにかわると慣れるまでが大変だ。
とくに日本人ならば、風呂の問題がある。水そのものの貴重さから、諸外国はシャワーが大半だ。

「どんなに暑くても、風呂だけはしっかりと入りたいよな。疲れのとれかたが全然ちがう」
「あなたってお湯につからない日はないものね。あれだけ暑がりなくせに」
「汗をかくことが、より爽快感を生みだしているんだよ。デスクワーク後ならば、とくにな」
「そう思うと、この街道沿いではとても暮らせそうにないわ。水はお金以上に貴重だから」

世界最大の交易路として、古くから人々が交錯したシルクロード。古代都市の巨大さに
圧倒
イスタンブールから西は簡単に行くことができるので、やはり魅力は中央アジアにある。

「カシュガルよりさきは、本当に時間がとまったような世界だからな。人生観がかわりそうだ」
「あなたはそんなことないと思うけどね。いつでもどこでも、どんな人とでも楽しくやれるじゃない」

でも私を忘れないでね、と念をおす。君が最後までそばにいるから、俺は世界を切り拓けるのさ。