「ごめん、ちょっと目まいがして歩けない。今日は付きそえそうもないわ。謝っておいて」

一緒に見舞いにいくはずだったが、急な暑さや湿気にやられたせいか顔が真っ青だ。
冷房のきいた部屋にすぐさま寝かしつけ、手元にいつでも飲めるように水を置いておく。
熱はなさそうなので、とりあえずベッドで横になるのを約束させてから出かけることにした。

「なにもする必要はないからな。とにかく、ずっと寝ておけよ。水だけはしっかりとな」
「うん、わかった。今日だけは行きたかったんだけどね。よろしく言っといて」

ガンに冒された知人が、その精密検査の結果を知らせるということで呼びだされた。
家族のない彼とは、親戚同然のつきあいをしていた。万一のことを聞かせるつもりらしい。
だが彼女が同伴できないことを事前につたえると、すぐさま怒りのメールがとどいた。

「ただいま、どうだ具合は。といっても一時間もたってないから、かわらないか」
「あら、いったいどうしたの。なにか忘れ物でもあったのかしら」
「いやさ、彼から叱られちまったよ。お前はとんでもなくバカ野郎だってね」
「もう会ってきたの。病院まで30分はかかるのに、いったいどうして」

携帯電話やスマホがない時代は、おそらくこうはいかないだろう。彼からのメールを見せた。

「なんか申し訳ないというか、ありがたいというか。気を遣わせちゃって悪かったわ。ごめんね」
「謝る必要なんて何ひとつないよ。とりあえず、なにも考えずに寝ていいからさ」
「うん、ありがと。でもね、私のは別に命にかかわるものじゃないから。それを考えると」
「よけいなことはいいから、とにかく寝てろ。俺にまかせりゃいいから安心しろ、な」

彼からのメールは、こうだ。伴侶をケアできない奴に俺の面倒などいっさい見させない、と。

「やっぱり、いまでも後悔してるのかなあ。内縁状態だった奥さんに先立たれたことが」
「表面ではクールだったけど、深く愛していたのね。あの人のことだから、当然なんだろうけど」

死期を目の当たりした者から叱られるとは、想像しなかった。裏返せば、生への執着の証拠だ。
この先も人生の先輩でいてくれることを彼女の手を握りながら祈る。どうかご自愛を、未来の仲人様。