「シフォンケーキか。なかなかオツなものをつくるじゃないか。まあ、とりあえずいただこう」
「苦労したんだから、ちゃんと味わってよね。ああもう、そんなに勢いよく口にいれなくてもいいのに」
「やっぱり空腹中枢が働いているあいだに、しっかりと食っとかなきゃな。うまいぞ」
「ありがと。でも、ケーキは逃げないからおちついて食べてよね。子供みたいにこぼすんだから」

ココアとレモンの二種類は、それぞれに豊かな味だ。紅茶にとてつもなく合う。
これを三時のおやつに毎日いただけたら、さぞかしメタボまっしぐらになるだろう。

「見た目はシンプルだけど、食材の調合のしかたがキモだろうな」
「とくにサラダオイルの分量がむずかしいのよね。入れすぎると、ベタベタするだけだから」
「そのときはハチミツでもかけて、ごまかせばいいさ。味を統一すれば、少なくとも食える」
「それは最後の手段だわ。やっぱり、とことん納得するまでやってみたいじゃない」

その昔は、かなりの失敗作があったそうだ。それだけで十日は栄養がとれるくらいに。

「なんか意地になっちゃったのよね。もう、うんざりするほど冷蔵庫のなかに詰めたもの」
「そんなときに俺と出会ったのか。どうりで何かあるたびに、それを持ってきたわけだ」
「けっしてゴミ箱がわりにつかったわけじゃないから。あなたに食べてほしくてね」
「本当かよ。まあ、いまさらどっちでもいいけど、味は今のほうが上なのはまちがいない」

月に一度は食べさせられる。処理係が目の前にいれば、自然と気持ちに余裕がでるはずだ。

「つまり、この味は二人三脚で生みだしたものなんだよ。俺に感謝しろよ、パティシエール様」
「承知しました。これからもできるだけ満足させるように邁進いたします、ミシュランガイド殿」

ニコニコしながら食べるのをながめる彼女。その瞳には、俺にしか見せない三ツ星が輝いていた。