「ただいま。今日はさすがにつかれたよ。なんか、ずっとしゃべってばかりでさ」
「それほど口が達者なわけじゃないのに、どうしたの。めずらしいわね」
「うん、ちょっとトラブルがあって。いろいろと説明するのに、時間がかかったわけさ」

相手を納得させるには、とにかく好材料をならべたてるしかない。恋愛とおなじだ。
謝るべきところは素直に応じ、そして自信をたもちながらひたすら利点をうったえる。

「ああいう場では、だまっていても得することは何もない。とにかくしゃべるのみだ」
「たしかにそうよね。雰囲気も大事だけど、やっぱり言葉にしてもらわないとね」
「そして相手の目をみつめながら、ときには瞳をうるおわせることも必要だ」
「なんか、完全に口説きモードよね。それで相手がおちたのなら、いうことなしでしょ」

商談とは、企業同士の恋愛関係に似ている。相思相愛がつづくことは奇跡にちかい。
駆け引きもあれば別れのときもあり、泥沼におちいることもある。最終的には金銭か。

「いってしまえば、そういうことなんだろう。知りあいの女が、男は投資だといってたからさ」
「どこまで本気なのかわからないけど、お金だけの面でいったのじゃないと思うわ」
「でも、愛情なんかは数字に表せないからなあ。投資するには確実なデータが必要だ」
「たぶん、その彼女の愛情で彼を育ててあげるってことじゃない。大器晩成とみたててね」

投資するからには、いつかは利益を回収することになる。その場合、どこに売り払うのだろうか。

「死別したときの財産分与か、はたまた離婚したときの慰謝料になるのかな」
「バカね、お金じゃないっていったじゃない。そういう人もいるかもしれないけど、私はちがうわ」

いきなり左腕をつかんで、横になれといってきた。つかれているのに腕枕をさせられる。

「ごめんね、無理矢理に。でも、いまはこうしたい気分。ちょっとだけでいいから我慢してね」

彼女の体温は最高の精神安定剤。むだに口説く必要のない株主には、逆らえないしね。