「こう暑くなってくると、そろそろ扇風機をださなきゃな。風呂あがりはとくに」
「あなたは汗かきだから。たしかに、もう初夏だよね。もうすぐ梅雨かあ」
「北海道はようやく桜が咲いたっていうのにな。そういや、あそこは梅雨がないんだっけ」
「一応、前線から外れているみたいよ。すくなくとも湿っぽくはなさそうだわ」

数年前にバイクで一周したときは6月だったか。期待したラベンダーは、ツボミのみ。
早朝の稚内は気温が5度しかなく、泣きながらエンジンを回した記憶がしみついている。

「あれだけ広い土地だから、場所によって気温が全然ちがうんだよな」
「富良野でくやしい思いをしたあなたが、ラベンダーアイスを三個食べた話はきいたわ」
「あれは妙にうまかった。そしてメロンも有名だが、本物は高いのでパンにしておいた」
「行列ができてたっていってたわよね。本物のメロンと何の関係もないのに」

焼きたてのメロンパンは150円。大きさもそこそこで、味もしっかりとメロンしていた。

「なんか久しぶりに、また行きたくなってきたよ。今度は真夏のときに走りたいなあ」
「そのときは私も連れってってよ。あのバイクだったら、後ろに乗ってもそんなに疲れないから」
「いっとくけど俺のツーリングはハードだぞ。意味なく500キロくらい走ったりするからな」
「あなたのことだから、途中で飽きたんじゃない。それか、どこかで食べるのに時間がかかったとか」

事前に宿をおさえていたこともあって、できるだけ日没前に着きたかったことが原因だ。
見知らぬ土地での夜間走行は危険きわまりない。安宿の場所をさがすのも面倒になる。

「それに、シカの飛びだしに対処できなくなるしな。ヒグマなんか真っ黒で、それこそわからない」
「いいじゃない。クマさんと仲よくなって野生に帰ってみるのも。あなたなら大丈夫」
「何を根拠にいってるのかしらないが、北海道はとにかく雄大だった。水平線がすばらしい」

すると彼女が、後ろから急に抱きついてきた。そして、手の回し方をいろいろと探っている。

「いつも迷うのよね、後ろに乗るときのポジションが。ベルトがいいのか、それともお腹かな」

このまま二人で人生のツーリングを楽しむか。おい、俺はタヌキのようには鳴らないぞ。