枕のソバガラがいつのまにか飛びでていた。どうも昨夜は寝にくいと思っていた。
猫背な姿勢のせいか、高い枕でないとおちつかない。安眠にはよくないそうだが。

「あなたって本当に神経質だからね。とくに寝るときには」
「ああ。おそらく免許皆伝くらいの資格はあるぞ、寝付きのわるさにはな」
「でも、それほど時間はかからないよね。10分とたたないんじゃないの」
「そうだな。なんだかんだいってすぐには寝られるが、布団や枕がかわるとダメだ」

実家では貧乏育ちで部屋がせまかったせいか、およそベッドをおく余裕はなかった。
せまい布団のなかで頭をぶつけながら、おたがいの寝相のわるさにうんざりしたものだ。

「もう10歳くらいから独立願望がめばえていたよ。とにかく自由に寝たいってね」
「私は逆にうらやましいけどな。一人っ子だったし、早くから自分の部屋があったから」
「おいおい、俺は死ぬほどうらやましかったんだぞ。一人部屋があるってことをな」
「もちろん私が恵まれているのはわかってたけど、たまには親と一緒に寝たかったしね」

無いものねだりとは、まさにこのことだ。ベッドで育った彼女は布団は固くて寝られないという。

「俺はベッドがダメなんだよなあ。ホテル泊まりのときは、わざと床で寝たいほどだ」
「たしかに奇妙な関係よね、私たちって。あなたが布団で、私がベッドだから」
「こればかりは努力してもなおらないんだよ。三つ子の魂、百までだ」
「特大ベッドの上に、あなたのところだけ布団をしくという手もあるけどね」

それはあきらかにやりすぎだし、ベッドのもつ弾力性が失われることはない。
だが、いずれは決断すべきときがある。そのためにベッドで快適に寝られる練習が必要だ。

「あなたはどう考えているかしらないけど、私はそこまでこだわっていないのよ」
「でもなあ。俺がそういうふうに育ったし、一時期だけでもいいからやってあげたいんだよ」

アメリカや欧州では、夫婦の寝室は聖域だといわれる。だが、
俺たちはあくまで日本人だ。
愛する者のためには、染みついた習慣をかえることなど何でもない。めざせ川の字、だ。