「そういえばさ、今夜は見かけなかったんだよ。あの後ろむきで歩くオバサンを」
「いつもいってる人ね。私は見たことがないから、都市伝説かと思ってるけど」
「ここ10年ほど、見かけない日はなかったよ。商店街の名物になってたからな」
「店が閉まったあとに歩くんだっけ。でも、それだけ続けるのなら意味はあるんだろうね」

ひとりで黙々と後ろ歩きする初老の女性。その目的は皆目わからないでいる。
おそらく何らかの健康法だろうが、普通に歩くほうが安全だし効果があると思える。

「なんか妄想しちゃうよね。亡くなったダンナさんの遺言だったとか」
「後ろむきな俺の人生を引き継いでくれってか。ずいぶんネガティブだなあ」
「そうじゃなくて、背中を気にするわけじゃない。つまりは背後霊を意識するためとか」
「そうなると、どこまでも一途な愛情がそのスタイルを保たせているわけか」

だが、それはあきらかに歪んだとらえかただ。とにかく危ないし、他人に迷惑だ。
それでも頑なにやめないところをみると、はかりしれない信念がつまっているのだろう。

「こっちが気をつければいいだけの話だから、気にする必要はないかもね」
「そうはいっても、やっぱりあの姿は異様だよ。ひょっとして転んでケガしたのかな」
「それはあるかもしれないわ。学生とかに絡まれた可能性もあるし」
「なんだって俺たちはあのオバサンの心配をしてるんだろうな。それが目的だったりして」

じつはアマチュアのパフォーマーだとしたら面白いだろうが、あまりにもマイナーな場所すぎる。
いずれにしろその姿を見た者に強烈な印象をのこすため、それだけでも人生の意味はある。
すくなくとも自宅と会社を往復するだけの者より、他者への影響という面では大きい。

「やっぱり継続が大事だよなあ。思いつきは誰でもできるけど、実行力があってこそだもんな」
「恋はすぐできるけど、愛になるまでの道は遠いようなものね」
「いきなりだな。俺はその面では強烈なインパクトを与えているのかね」

自分でいいながら、これまで彼女へ何をしてあげたのだろうと自問していた。

「そんなこと考えなくてもいいのよ。前でも後ろでも、確かに歩いていれば充分なの」

方向音痴な者からすれば、後ろむきはつらい。ともに歩む人生なら、二人三脚が一番だよ。