花粉症がひどくなってきたので、仕事帰りに病院へよった。
その耳鼻咽喉科は大勢の患者であふれ、医者に会えたのは一時間半後。
わずか五分の診察にこれだけ時間がとられたかと思うと、二度と行く気がなくなる。

「もはや国民病だからね。それはもう、しょうがないわよ」
「なんかさ、待たされることのストレスで別の病気が発症しそうなんだよ」
「この時期は風邪の人も多いから、待合室はウィルスの宝庫でしょうね」
「昔のように町医者が家まで来てくれたらいいんだけど、夢の話になったなあ」

ノスタルジーにひたる気はないが、とにかく今の病院は患者が多すぎる。
世代別人口で最多の団塊が定年になったせいか、その傾向は顕著だ。

「俺は昔から病院ぎらいでさ。よほどのことがないかぎりは行かないんだよ」
「で、今回がそのよほどのことだったのね」
「市販薬が全然きかないんだよ。営業マンが鼻をたらしたら、仕事になんないだろ」
「それを活かして、花粉症の薬をセールスしたらいいのに。こんなに効果がありますって」
「じゃ、俺はいつも客の前で鼻タレ坊主でいなくちゃいけないのかよ」

それもひとつの才能よ、といい加減なことをいう。
ともあれ病院のキャパシティは年々、そのリミットを明らかにこえている。
健康のために病院通いはやめられないというのも、すこしおかしな話だ。

「たしかに健康病みたいなものは、お年寄りのなかにあるかもしれないわね」
「だろ。彼らの薬漬け生活の自慢をたまに目にするんだよ」
「病院では不健康であることがステイタスになるのね。それしか話題がないからかしら」
「それはたしかにあるかもなあ。趣味が病気ってことか」
「なんか哀しいね。それって、ひょっとして」

しばらく考えこんだのちに、こう言った。

「早く会いたいのかなあ、先立たれた人に。そのときになったら、私もそうなるのかな」

バカ、と強くさけんで抱きしめた。命と引きかえの愛情なんていらない。
そのときばかりは待つのを慣れてやるよ、いつまでも。