「あれ、なんか匂うぞ。なんだろ」
「タバコよ。吸えないはずなのに、どうしたの」
「たぶん会議のせいかなあ。上の連中は吸う人が多いからさ」

いくら値上がろうとも、喫煙者の数がへることはない。
禁煙運動が高まった90年代以前に青春をむかえた者は、
大人の証としてのタバコがあった。酒やギャンプルとともに。

「おれが高校生のころは、友だちのほぼ全員が吸ってたよ」
「なんであなたは吸わなかったの」
「なんか、かっこ悪く思えてさ。そうしない自分にどこか誇りを感じてね」
「よかったわね。だって無駄の極みよ、タバコって。また値上がるだろうし」
「おれはそれほど邪険にはしないけど、たしかに高くなったよなあ」

健康を害するのは覚悟のうえだろうが、匂いがつくのは勘弁ねがいたい。
女性の喫煙者も昔からくらべれば相当ふえたが、いまだに抵抗がある。
胎児への影響ももちろんだが、ヤニの色と匂いが美にそぐわないからだ。

「勝手なもんだよな。男の理想を押しつけてるだけだもんな」
「女の私からみても、ちょっと引いちゃうけどね。べつに何か言うわけじゃないけど」
「法律で禁止されないかぎりは、個人の判断でまかせるしかないよな」
「でも、やっぱり私はタバコはいやだわ。だって・・・」

といいながら唇を合わせてきた。すこし長めに。

「食いしん坊の私はありのままを楽しみたいの。よけいな香り付けはいらないわ」

美味しかった、と目を細めながらつぶやく彼女。食欲が鮮度を保たせるのかな。