「ちょっと用事で出かけていたんだけど、久しぶりにバスへ乗ってさ」
「そういえば私も高速バスや観光バス以外は最近、あまり乗らないわね」
「なんで路線バスって、あんなに複雑なんだろうな。相当なスキルが必要だ」
「それだけ市民の足に密着してるってことだけど、慣れるまでは少し大変よね」

知らない土地へのバス旅は、なかなか心をくすぐらせた。
普段は会社と自宅との往復で、公共交通機関は電車しか使わない。
そのため、まず起点となる駅前の方面別バス停の数に驚かされる。
目的地方面の路線とバス停をさがすのに、10分ほどかかってしまった。

「これが地下鉄の路線図なら、パッと出てくるんだけどなあ」
「私はそれでもダメだわ。たまに東京へ行くと、異次元の世界に感じちゃう」
「ターミナル駅のように停留所が密集していたらいいけど、少しずつ離れてるんだよね」
「交差点の向こう側とか、駅の裏側とかね。停車スペースの関係だろうけど」

いったん乗ってしまえば、その他の交通機関となんら変わらないはずだが、
往路のバスは停留所ごとに、運転手が声かけや急停車等のアナウンスをしていた。

「それがね、いちいち良い意味で細かいんだよ。お年寄りが乗客の大半だからかも」
「体力的に自転車も乗れないから、自然にバスへ頼るのは当たり前なんだろね」
「なんかさ。毎朝、満員電車で揺られていると気遣いなんかできないじゃない」
「私なんか痴漢対策で、いつも緊張しているわ」
「もっともラッシュ時のバスも同じだと思うけど。なんだろうな、風情を感じたんだよ」

逆に復路のバス運転手は、車内アナウンスをほとんどしなかった。
とくに強制するつもりはないが、声のかけあいは感情のふれあいでもあると思う。
降車時に運転手と顔を見合わせ、安全運転へのお礼する。その対価として運賃がある。

「こんなふうに考えると説教っぽくなるけど。なんかさ、お互いに余裕がほしいよな」
「で、ちゃんと目的地には着いたの」
「もちろんだよ。降りるときにはお礼もいったさ、心をこめてね」

するとハンドルを持つ彼女が、急に車をショッピングモールへとむけた。

「じゃ、今の状況にたいして、私にもたっぷりとお礼をしてもらわなきゃね」

時すでに遅かりし。人の財布での買い物にも、安全運転を心がけておくれ。