「円安かあ。せっかく海外で羽根をのばそうと思ってたのに。ちょっと残念」
「おいおい。そんな話、聞いてないぞ。どこに行くつもりだったんだ」
「とりあえずオーストラリアにね。ケアンズ行きのチケットって、いま安いのよ」

日本にLCCが本格就航してから、気軽に海外へいけるようになった。
それまで国内の神社仏閣めぐりが趣味だった彼女も、いまはダイビングに夢中だ。

「それでも東南アジアに行くときは、有名寺院にも寄ってるのよ」
「あの金ピカに磨きあげられたやつか。わびさびのカケラもないからなあ」
「あら、それは彼らに失礼よ。篤い信仰心が偶像を豪華にさせるのよ」
「たしかに、ほったらかしのままだとあの世から呪われそうだな」

だから自分をみがくためにビーチへ行く、とよくわからない理由をつける。
リゾートはストレスにまみれた心の垢をとりのぞくのに最適だが、
一日中ビーチで寝ころがるだけのすごしかたは、どうにも肌にあわない。

「そのためにダイビングがあるんじゃないの。楽しいわよ」
「近所のドブ川じゃダメなのか」
「掃除しにいくわけじゃないんだから。まあ、心の掃除はあるかもね」
「そういや会社の同僚もハマっているなあ。ヒマさえあれば沖縄にいってる」
「本当のダイビング好きは沖縄に戻るっていうわ。透明度が高いのよ」

諸々の費用をあわせると、いまや沖縄のほうが割高になるそうだ。
サービス精神あふれた国内か、それとも自己責任と引き換えに割安な海外か。

「ねえ、いっしょに行かない?私が教えてあげるからさ」
「俺は食い気以外は興味ないからなあ」
「オーストラリアだったらカンガルーが食べられるかも」
「いっそのことコアラもためしてみるか?とにかくケアンズには行かない」
「もう。わかったわ、私ひとりでいってくるから」
「でも、ハブ料理はたべてみたいなあ。夜は眠らせないぞ」

事前に買った二人分のチケットをみせる。潜るには時期外れだが、安かった。

「ウミヘビにかまれるのがオチよ。とにかくありがとう。さあ、準備しなくっちゃ」

サンゴのかわりに仏像が置かれていたら、海中の安全も守れるだろうに。