ブータン王国はなぜ親日なのか④ | ハワイアン☆パラダイス ダイアリー

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13年以上住んだルイジアナからハワイ島へ導かれて来ました。毎日が感謝と畏敬の念で溢れています。身も心もどんどん自然に還りつつある日々の変化を綴っていけたら・・・、と思っています♪

続きです・・・。今回でこのシリーズは終わりです。



昭和55(1980)年、西岡は長年のブータン農業への貢献を評価され、国王から「ダショー」の称号を受けました。

「ダショー」というのは、ブータン語で「最高に優れた人」という意味です。
この位は、最高裁の判事クラスしかもらえない称号です。
ブータンでは最も栄誉ある顕彰です。



このとき西岡は47歳でした。
ブータンに来てから16年の歳月が経っていました。
そしてその後も12年間、西岡はブータンにとどまり、農業の指導をし続けています。

時は移って、平成4(1992)年3月21日のことです。
子供の教育のために日本に帰国していた妻・里子さんのもとに、一本の国際電話がはいりました。
ブータンからでした。

「ダショー・ニシオカが亡くなりました・・・」
突然の訃報に動転しながらも、
「葬式はどうなさいますか」との質問に、里子さんはとっさに
「バロでお願いします。ブータン式の葬式でお願いします」と答えました。

ブータンで28年間、ブータン人になりきってブータンのために生き、ブータンのために死んだ夫です。夫は、きっとそう願っているに違いない。
彼女は瞬時にそう確信したといいます。

ダショー・西岡の葬儀は、妻と娘の到着を待って、同月26日に行われました。
葬儀は、農業大臣が葬儀委員長を勤めました。
国葬です。

ラマの僧侶の読経が山々にこだましました。
葬儀には、西岡を慕う5千人もの人々が、ブータン全土から集まりました。

ブータンは、国をあげて西岡に感謝の心を捧げてくれたのです。
ブータン国王も、葬儀に参列なさいました。
国王は、このとき、
「肉体は、古い衣装です。そう思いませんか?」
と里子さんにおっしゃられたそうです。

古い衣装を脱ぎ捨てたダショー西岡は、永遠にブータンの民を見守ってくれ続けているに違いない。
国王は、そういう意味でおっしゃられたのです。








(転載以上)


ダショー西岡さんのように、他国に行き、その地の人々をわが身のように親身になって、その人々の幸せのために尽力した日本人の話を耳にします。


見返りを求めず、実るほど頭を垂れる稲穂のごとく、謙虚に尽くしつづける姿に、沢山の方が胸打たれたのでしょうね。



ダショー西岡さんひとりがブータン王国全部を親日化したかどうかは分かりませんが、今の国王が親日でいらっしゃるのは、先代の国王のときの彼の貢献があったからというのは抗えないように思います。




現在の国王もハンサムですが、お父様である先代の国王も若い頃は超イケメンでしたね。



それだけでなく、21歳という若さで戴冠したときに、「GNP Gross National Products 国民総生産よりも、GNH Gross National Happiness 国民総幸福の方が重要である。」と言われたというのが素晴らしい。



あと、ブータンの人々が西洋化されていない、民族衣装でいるのがまたまた素晴らしいと思いました。



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日本には欧米諸国よりも、ブータンから学ぶことの方が多いかもしれませんね。