先週の末はとても良い陽気だったので、カメラを持ってふらふらと山道を歩いてまいりました。
お手軽な山道と言えば、奈良かなと思い。近鉄電車のHPで検索すると、柳生街道が出てきたので行ってみました。
ここは東海自然歩道の一部で、柳生から笠置までの道を柳生街道と呼ぶらしいです。
全部歩くと22kmもあります。思いつきで歩ける距離ではありませんので、根性無しの私はほぼ中間地点の忍辱山(にんにくせん)迄バスで行き、少しでも楽であろうと思われる下りコースを選びました。
近鉄奈良駅前から忍辱山までバスで30分あまり、山歩きをされる方にはポピュラーな様で、バス停には結構な人達が並んでおりました。
(まぁ、本数も少ないんですが。)
(まぁ、本数も少ないんですが。)
忍辱山のバス停で降りると、円成寺という古刹があります。天平勝宝八年(756)、聖武・孝謙両天皇の勅により開創と伝えられますが、史実的には平安初期に起源をもち、応仁の乱の兵火で主要伽藍を焼かれたが再興し、その後江戸期には寺中二十三寺、寺領二百三十五石を有する寺院となった。
しかし明治維新後、寺領を失い現在の寺域となった。そうです。
楼門は室町時代の作(重要文化財)
運慶作の大日如来座像(寄木作り・平安時代・国宝)が拝観できる。
仏像好きな私は、取り敢えず入ってみます。
運慶作の大日如来座像(寄木作り・平安時代・国宝)が拝観できる。
仏像好きな私は、取り敢えず入ってみます。
すると、思わぬところで思わぬ仏像に出会いました。多宝塔に若き日の運慶作、大日如来座像(寄木作り・平安時代・国宝)だそうです。
ガラスで閉ざされていましたが、以前はガラスが無く拝めたそうです。
初っ端から国宝を拝めるとは幸先が良いと、気を良くして街道に足を踏み入れました。
ここは、国定公園の一部なんですね。
暫く歩きますと、首切り地蔵が見えて来ます。誰かが試し切りをしたかも、なんて解説が書いてありましたが、どうなんでしょ?それならば罰当たりなことです。
昔の街道だけあって、其処此処にお地蔵さんがいらっしゃいます。
茶畑の中にもお地蔵さん。
地獄谷と呼ばれる所にも石窟仏が彫られていました、当時塗られた色がうっすらと残っています。
奈良時代後期に彫られたものだそうです。
今も残ってるなんて、すごいものです。私も後世に残るものを作りたくなりました。
山道だけに、こんな生き物も出てきます。私の足音に驚いたようでした。
昔の人はこんな道を歩いて移動していたんですね。昼尚暗い山の中です。
楽な道を選んだので、最後に柳生街道入口の立て札がありました。
ここからは、街中の舗装された道になります。