燃えよドラゴンズ! -29ページ目

燃えよドラゴンズ!

野球のこと、日常のこと、『相棒』のことなど、毎日いろいろ書いていきます。

「偉人伝」など連載的にやっているものも多くあるので
是非見てください!


3月8日の学習発表会のあとは、卒業に向けて練習が多く組まれた。

実を言うと自分は、この期に及んでもまだ卒業するという実感がわいていなかった。


16日。担任の岸井詠先生に何かプレゼントをしよう、ということになり、自分達はジグソーパズルを作り始めた。


一日で終わるかな、などと楽観視していたのだが、我が家に徹夜しても終わらなかった。因みに徹夜したメンバーは、小暮、森田、嘉田である。


そして、3月19日を迎えた。

午前:ミハスへ移動→自由行動

午後:セビリアへ移動→市内観光


現地時刻=3月29日 20:00

第二十八章

都立受験翌日の2月24日。高校合格の報告がてら小学校時代に所属していた少年野球チームに顔を出した。因みに一緒に行ったのは阿藤冷央斗、坪田海斗の2名であった。その後、同じメンバーでボウリングに行った。


この日を皮切りに、受験後一ヶ月は遊び通した。

自分の家で遊んだこともあったし、中島や久慈の家で遊んだりもした。

また、繁華街に繰り出したことも、小学校のグラウンドでサッカーをしたこともあった。



学校の行事としては、3月5日に球技大会があった。

我がE組は、男子優勝、女子3位、総合優勝という好成績を残した。

自分も、あと少しでゴールという場面を作った。

午前:グラナダへ移動

午後:アルハンブラ宮殿など観光


現地時刻=3月28日 20:00

2月10日。遂に受験本番が始まった。

自分の最初の受験校は開成高校。受けるなかでは最初にして最も難しい高校だった。

手応えは微妙にあった。


翌11日。併願の八王子学園八王子高校の受験。30点加点もあるし、さすがに落ちることは考えなかった。というか落ちたら大変ヤバい状況だからそういう考えはシャットアウトした。


12日。開成と八王子の合格発表の日。自分は開成の方に行き、母親が八王子に行った。

第一志望ではなかったし、落ちても別に良いくらいの気持ちで行ったのだが、時刻になり、自分の受験番号は見つけたときはやはり嬉しかった。八王子も受かっていた。


その喜びも束の間、翌日には東京学芸大学附属高校の試験があった。こちらは受かっても二次試験(面接)には日程の都合上(開成の説明会と重なるため)行かないと決めていたので気持ちはとても楽だった。


14日。実に6日ぶりの登校だった。

16日は学芸大附属の一次合格者発表と二次試験があった。しかし同日、開成の合格者説明会があり、要出席とのことだったので既に受かっているこちらを優先した(学芸大附属一次も受かっていた)。


それから一週間後、都立の一斉受験日。第一志望なので、とても緊張した。


国語は出来た自信があったのだが、数学でこけた。英語も何となく数学の失敗を引きずってしまった感があった。理社は普通に良かった。

さて、5日後の発表。自分の番号を見つけたときは、喜びよりもほっとした気持ちが強かった。



開示点を聞いてきたところ、やはり数学は悪かった。しかし、引きずってしまったと思っていた英語が意外に良く、これに救われたようだった。

午前中:バルセロナ市内観光


午後:バレンシアへ向かう


現地時間=3月27日 20:00
第二十六章

内申を決める上で重要となる期末試験を終え、二学期は終わった。成績(内申)は1上がった。


冬休み。

正月休みはとりつつも、第二のピークはここに持ってきた。


実際、この冬休みを越えたあとは、徐々に勉強量は減らしていったのである。


三学期には、百人一首大会があった。3対3の源平合戦形式で行うものだ。1年の時は100枚中76枚を獲得して個人1位になったのだが、2年では惨敗。30枚台で個人ベストテンにも入れなかったと記憶している。


2年ぶりの王座奪還を目指して臨んだ今年。

60枚を超えた。


結果発表。

1位だった。が、3人のタイである。

まあ、1位奪還という目標は達成できた。

只今、バルセロナ到着時刻です(現地時刻=3月26日 17:55)。


サマータイムのため時差は7時間です。

夏休みが終わった。つまり、第一のピーク且つ最大のピークが終わったということだ。


この頃は友人とサッカーをしたりして遊ぶことも多くあった。

もっとも塾では開成対策講座なるものも始まったため、決して楽ではなかったが。


二学期の大きな行事としては合唱祭があった。

一年、二年の時はこの時期に文化祭をやり、合唱祭は3学期に行っていたのだが、授業時数の関係かなにかで文化祭は「学習発表会」になり、合唱祭は2学期に行われることとなった。


さて、自分にとって今年の合唱祭は3連覇をかける大事な行事だった。そして、それを狙えるクラスだった(体育祭の時も書いたような…)。


合唱祭のお決まり事項というか、最初はクラスが全然まとまらない。合唱祭実行委員の吉田健斗や学級委員(後期)の小暮らは心配だったようだが、1年、2年とこの流れから優勝してきた自分は、ある程度楽観視していた。


事実、次第にクラスはまとまっていき、優勝することができた。この優勝は全行事の中で最も嬉しいものだった。

自分のクラスは自由曲で『流浪の民』を歌ったのだが、この曲はソロがありかなり難しいものだった。


因みにソロを歌ったのは井伊七生(ソプラノ)、小橋志穂(アルト)、荒木知義(テノール)、小暮(バス)の4人である。

飛行機に乗り込みました!


12時間超のフライト、間もなくスタートです!