自由民権運動とひげで超有名な板垣退助。
『板垣死すとも自由は死せず』の言葉で有名なように、「弱者の味方」というイメージが多いようですが、果たしてどうでしょう。
子供~青年の時代は身分差別の強かった土佐で、上士(山内の家来だったものの子孫)として郷士(長曽我部の家来だったものの子孫)を虐げる立場にありました。しかも山内容堂の側近であることから、ひょっとするとかなり傲慢に振る舞っていたかもしれないと考えられます。
また、自由民権運動における結社が土佐に多い理由として、学校では「板垣退助の地元だから」等とされますが、むしろ逆で、「自由民権運動の多い土佐の中でも代表格が板垣退助」なのではないでしょうか。
続く…