偉人伝No.10 ~伊藤博文~ | 燃えよドラゴンズ!

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言わずと知れた初代内閣総理大臣です。


最後は公爵(一番上)まで上り詰めた彼ですが、若き日は、「若党」といって武士よりも下の身分でした。


しかし高杉晋作や桂小五郎(木戸孝允)らに「俊輔(博文の昔の名)若党なれども志あり」と言わしめ、志士の仲間入りを果たします。


明治維新前(1860代)には高杉晋作や坂本龍馬、明治維新後(1870代)には大久保利通や西郷隆盛、木戸孝允といった維新の主導者たちが次々と死に、改革は次世代へと引き継がれます。


そこで伊藤博文は実権を握り、1885年の内閣制度創立や1889年の大日本帝国憲法公布などに携わり、後に初代韓国統監に就任します。


この影響で1909年、彼はハルビンの地で韓国人青年・安重根に暗殺され、生涯を閉じました。


因みに、「伊藤博文は韓国併合に反対していて、彼の目の黒い限り韓国併合は無理だったが、彼が暗殺されたことで韓国併合が可能になった」とする説もあり、朝鮮人は自分で自分の首を絞めた、という見方も出来ます。