文通というのは、ネットがなかった遥か遠く昔の文化だと思う。

紙の上に書いた文字のやり取りであって、遠く離れた人が連絡する手段。

連絡といっても、何かをするための業務的な連絡ではなく、世間話。

好きなものを語ってみたり、自分の気が向くままに、返信を書く。

メールやlineのように秒単位のやり取りではない。

そう、今は、パソコンや携帯が出来たことで、連絡手段は多様化し、スピードを増し、

まるで今

面と向かって喋っているような感覚に陥る事が出来る程度にまでなってきた。

物理的な距離がどんなに遠くても、メッセージは同じ間隔でやってくる。

そんな時代に生まれてきた。

いや、そんな時代になっていく時に生まれてきた。

そして、そんな時代がやってきた。

身近な人であれば、口頭で伝えればいいし、

友達には、何かしらの手段でメッセージを届けられる。

身近な人ですら、今は、口を使わず、手で会話をしている人も増えているかもしれない。

そんな時代に生まれてきて、今までに文通をしたい、しよう、と思ったことは、多分一度もない。

でも、ブログを思い返してみると、ある意味、一方的な文通(メッセージを送り合っていた訳ではない)をしていたのかもしれない。


文通を行う条件として、大抵は遠くに住んでいる人と仲良くならなければいけない。

(ここで言う文通はあくまで個人の解釈)

そもそも、近くにいる人ともあまり仲良くなれなかった人間が、遠くの人と仲良くなれるとは思わない。

今も、あまりいない。小さな世界で行きている。

おとなになって、友達が多い人は、近くの人が転勤して、遠くに行ってしまったかもしれない。

そうそう、条件2は、手紙だ。

だから、近くの人が遠くなっても、連絡手段はメール等。

これでは、文通ではない。

いや、一般的には文通で良いと思う。だけど、思い浮かべた文通とはちょっと違う。


顔を知らない、何かしらの共通点、そして、強制されないゆったりとした伝言

世間話とか、思ったこととか、なんでも適当にゆったりと

を、思い浮かべたんだ。


それが、数年前まだ高校生だった頃のブログで、実は行われていたんだと

無理やりだけど

・顔を知らない(でもなんとなくの特徴をブログから察する)
・何かしらの共通点(同年代、学生)
・ゆったりとした伝言(ブログ)

だった。確かに今思えば、ブログを通した文通だ。勝手にそう思っていたので、一方的な文通。

書いた記事に対して、自分の思ったことを書く。自分の思ったことに対して、何か書いてくれる。

コメントではなくて、記事(ブログなので)として。

それが個人的には面白かった。別の誰かの考えが知れる。

自分とは違った世界に生きて、同じ時代を生きている。

そんな人の話を見ているのは、面白かったんです。


ということで、これから楽しみに見ます。

ゆったりとどうぞ。


自分もこれから、色々としていくにあたって、

2文字くらいで更新するのはやめて、真面目に文章書いてかないとダメだなぁ。


全然書けなくなってた。

まぁ、元々書けている訳ではなかったから、これから頑張るとしか言いようがないんだけどね。


ということで、

自分を発信していくために、自分の中に情報を入れて、自分で噛み砕いていこう。