2023年7月20日のFacebook記事です。
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【自分を好きになるより大事なこと】
最近、ある精神科医の人が、
「自分が好きなんて言うより、
好きでもキライでも、どっちでもない、
フツーっていうぐらいでちょうど良い」
って言ってたのを読んで、心底ホッとした
私、「自分を好きになる」って、ホント、
今でもよく分からない
以前、それをスピの人に言ったら、
自己肯定感低すぎって言われて、
自分褒めしろだの、自分軸を立てろだの、自分をハグしろだの、
色々言われてやってみたけど、
どれ1つピンと来なかったし、
その場は気分が上がったように感じても、
落ちる時が来れば、気持ちが落ちるのは同じだった
・・・というより、あんなに頑張ったのに
効果なかったじゃんって、
かえって落胆が大きくなったりしたものでした
これは私の個人的な感想ですが、
その精神科医の人も実際、
よくある、そういう自己肯定ワークって、
あまり効果がないよって、書いていたので、
さほど的はずれな意見でもないんだと思う
とにかく私は、
普段から「自分なんて、あるかどうかも分からない」と思っているから
(究極的にはないと思っているし、
ないと思った方が断然生きやすいんです。
それはまた、改めて書きます。)
自分なんていうものよりも、
やっている活動とか、
自分の生活とか、
自分の手が整えてくれる家とか
目の前で作り出されて行く服とかの方が
よっぽど好き
歌だって、
「自分」なんてものを忘れて没頭した時の方が
断然上手く行く。
それは、音楽や絵をやる人ならみんな、
口を揃えて言うところ
だから私は、自分褒めもしないけど
でも、その代わり、否定もしない。
いや、自分を褒めるとか
肯定するとかいうより大事なのは
何があっても否定しないことだと思っている。
好きか嫌いかの軸って、
一つのコインの裏表のようなもので
どっちに転んでも大して変わらないし
どこまで行っても埒が明かなくて
むしろ気にするほどに、
自分とか、自分の理想像とかに対する
執着が深まるような気がするんですよ。
だから、できることなら、
好き嫌いの軸そのものから抜けてしまって
自分を好きになるより、
とにかく責めたり否定したりしないで
同じやるならただ見ることに注意を注いだ方が良い
人にコケにされようが
踏みにじられようが
何があっても、自分を責めないこと
見捨てないこと。
いや、見捨てようとしていることさえ
見捨てないこと。
本当の「見捨てる」って、
見なくなってしまうこと、
目をつぶって、なかったことにしてしまうことだから、
もし、そんな風にしたくなるのだったら、
目をつぶって、なかったことにしようとしているところも、
しっかり見ていてやればいいんですよ。
失敗しながらで良いから。
そうやって、
どんな醜い姿も
エゲツない思いも感情も、
「ああ、そうなんだね」と、淡々と見据えること
そんな自分の醜態に狼狽えながらも
嫌気がさしながらも
その狼狽から嫌気まで、まるごと
「ああ、イヤなんだね。」って
ただそのままに見ているのが大事で
そこに、ヨシヨシや
ハグハグさえも必要なかったりする。
それが本当の「受け入れる」っていうこと、
それこそ愛なんじゃないかって、私は思うんですけどね
自分をハグしたり
ヨシヨシしたりするより大分難しいし
かなり根気の要ることだけど
やる価値は大いにあると思うんです。
「にいたんを ふとんに しても
あたちは、ぜったい わるくにゃい」っていう
あにゃたの 一貫した態度は
真理をついていると、私はいつも思うよ
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