わたくし、離婚して、本当に生きるのが大変で困り果てていたところに……高校時代の友人達が、代わる代わるやってきて……
そうれすーー、目的は宗教勧誘でした。
貴方はっ、福運がないのですっ!
そーなんども言われました。
んで、藁をもすがる思いで……入信致しました。
私、一生懸命その教えをお勉強したし、おつとめも頑張りました。
確かに、良き事が起きたりもあり、もーすがるように頑張りました!
でも、ある時から、なんか違うかな?と思い、今はその宗教から離れました。
確かに素晴らしい教えであり、決して否定などするつもりはありませんっ!断じて!
ただ私には、その制限された世界がどうしても息苦しかったのです。
話は飛びますが、ここ最近、本当に苦労に苦労を重ねておりましたが、今、少しですけど、なぜこーなのかが、わかってきてますよ。
私の中の制限って???
そーなの、バチが当たるよ!と言うWordなのでした。
幼き頃から、ダメ!バチが当たるよ!とよく言われたものです。
某宗教をしていた時も、仏罰と言う言葉をよくお偉いさんから聞かされていました。
私の行動や思考の判断は
バチが当たるか当たらないか??に縛られていました。
ポイ捨てをしないのもバチが当たるから!しない。
人に親切にするのもバチが当たらないようにする為。
それが根強いものだから、何でもかんでも、まず自分らしくいる前に制限がかかる。
そんで、バチよりも怖い自分らしさを見失う現象に陥ったワケだす。
そんで現実が全く動かないような不自由な最近の日々は…………バチでもなんでもなくて、その経験を潜り抜ける事で私が纏っていた重い鎧をどんどん剥ぎ取るための狭く険しい洞窟のようなものだったと気づいたワケだす。
そだ、制限だらけで窮屈な思いをさせていた私の中の小さな私からの強いメッセージが現実に投影されていたという事なのだな。
某宗教を途中でやめてしまった事も、いつも頭の片隅にあり、そのバチが当たってるのかもと、思っていたんだな。
さぁ、軽くならなきゃ、この軽くなった地球を軽やかに歩いて行けぬ。
現実はまだまだ変わっていないが、このダンジョンの中の冒険で、要らぬ武装を脱着する事が出来ている感覚が確かにある!
そして今まで辿ってきた道は何1つ間違いなどなく、私は宗教という世界に足を踏み入れた事で信じる事のパワーを教えてもらったしね。
ホント、人には人それぞれのパターンがあって、何を選ぶか、何があってるのかなんて自分がやってみなきゃわからんものですね。
昨夜は少し遠回りしてみた。
毎年恒例のイルミネーションハウスを見るためにだ。
途中で踊る猫をみた。
写真撮らせてとお願いしたらこのポーズをとってくれた。
そういえば昨年は1度も此処を訪れなかった。そんな心の余裕がなかったのだ。
ムスコに猫の写真を見せたら、メスだそうです。猫女神降臨!
本当に軽く軽くおもしろい踊りをしていたのですよ。ウチで猫踊りを再現して楽しみました。
最後までお付き合い下さり
ありがとうございます






