神様の言葉として、ここに綴っておきます。
もう怨みも、何もかも、忘れました。
しかし、吾が子孫に、それぞれの人の想いとは、何かを気付いていただく為、ここに人伝で話せるだけの事をお話します。
この話は、信じる信じない、云々の話ではなく、真実でございます。
それを信じるも信じないも人の心の成せる業でしょうか・・・。
一切を聞き流してもらっても構いませんが、忘れないで欲しいのは、生きている生業がおんなじ道筋(血筋)が流れているという事。
そなたがお困りの時に、きっと一筋のともし火とならん真実でございますれば、ようように理なさるように。。
さて、私は内侍(ウチメ)のコマス姫 ハヤコと申します。
姉はネの局(北のつぼね)、典侍(スケ)で在らされるマス姫 モチコ。
私たちは、後宮のもの。アメミコ様の后妃として迎えられました。
なんの不自由もなく、幼幼のころより花も花よと育てられた、私たち姉妹は、時の勢、イザナギ様の弟、クラキネを父とします、皇族一門の血筋でございますれば、アメミコ皇様に愛いでされる事となるのでございます。
晴れてスケ、ウチメとなる時世、ようようと考えればそれが、私たち姉妹の一番幸せの時期かも知れませんね。
知っておられるとは思いますが、この段では、ムカツ姫の事は、伏せさせていただきます。なぜなら、吾等は、ムカツを怨んでいた訳でも何でもありませんので。
さて、姉、モチコに元気なお子がご生誕されますれば、その名をタナヒト。事実、皇太子となられるそのお子は、いつか、タナキネと呼ばれ、王子の座を奪われる事になります事。時運の不明なる事明らかで、何ゆえ吾が身にこの様な仕が打たれようとは。
私にも、元気な3姉妹を授けてくださった様に、慈悲深い、御神様の事とわたしたちは受け入れたのでございます。
娘の名は、タケコ、タキコ、タナコと申しますれば、彼女らにも不幸は訪れることはわかっておりました。
母とは、この子あれば、唯、ほか露ほど要らぬ程。
わたしたちは、幼き、タナ君を都(出雲)に残し、アカツチ老翁の元へ身を寄せる事、云年。ツクシのウサ宮(大分県宇佐神宮)は、私たちにとっては寂しいものでした。
その中やはり、モチコには、吾が子「タナ」への思いは、積年の思いと募りますれば、意を決し流離う事となります。
一路、都(福岡県桂川町、加賀神社付近、出雲の国)へ。
ここで話さねばいけない事があり、しかも私にとっては、唯一の頼みの綱でございますれば、都の伝と申して過言ではございません。
何を隠そう、タケコ、タキコ、タナコの3姉妹(宗像三女神)は、アメミコ様の弟君であらされる、スサノホ御君のお子に相違ありません。
私はミサヲを違えた事になりますれば、アメミコ様のお怒りも御もっともでございます。
すべて私の責と悩み苦しんだ刻もございますが、今となってはそれも、大きな流れの中にて生まれる私の血でございましょう。
ただ、大皇子君様に疑われた、モチコ姉の苦しみは如何程かと。
愛息を失う悲しみは、大地を張り裂ける程のヨマイがあろうと存じます。
スサノホ様を頼りに流離う3つの宝命が先ず向かったのが、父、クラキネの里宮。(福岡県宗像大社)
ムナカタの娘、トヨタマイヒメも都より駆けつけていただき、吾が子に、何かあってはと、3つ至玉を預け給い。(宗像三女神)
こころよく、後世にも残る女神となりきその姿の、私は愛こそあれど、憎悪などさらさらとする砂のごとく消え去ります。
私は姉と一心同体、死ぬときも、生きるときも一緒と思えば、されば、ツキヨミ様(黄泉の国、ツキ、ヨミ。ヨミの国をおさめる神様)のネの国へ。(福岡県飯塚市付近)ツキヨミ様のおわすところは、アマテルサマ、スサノホサマの母君、ウミ、スエ、シメの言は通り、おわす居。
時は、スサノホ様の御勢の刻ともなれば、オノコら、兄弟の戦いの最中でございますれば、姉は子「タナ」に会う事も許されず、私はスサノホ様と遠き仲を知るのでございます。
女とは儚いもの。また儚くも母の心はますます子へと向かいます。姉モチコは、心ありきの手勢を揃えますれば、一路、天人たる国へ。もちろん、私もときを同じく。
姉は九頭の大蛇と化し、私は八俣の大蛇と化しても、吾が子、愛する女子の気持ちは、思ふ事の怒りは変わらず、納まりませぬ。
果たして、スサノホ御君様に私は討たれるのを本望として、この地に眠ります。
吾が血は、赤池(赤池町)、赤(赤村)となり、日の子の山の麓(福岡県英彦山)にありてなします。
九頭のオシン(悪神)と言われようと、姉は建御名方神様とともに落ち延び、いつしか雅な都へ還ることを望みて、御子のことを想いながら、州羽の海から(周防灘)、諏訪の海の畔(諏訪湖)で、足の海の畔(芦ノ湖)で深く永く息づき本懐を遂げるのです。
このお話をいたしたのも、ヒトの心の成す業と、御心の中に銘じ、日々を暮らす事を子々孫々に憂うからに他なりません。
よくよく心して、真っ只中を生きて生きて息よ行くのであります。
スサノホサマには、感謝こそすれ。
この事を伝うは、八重事代主神、御産土の御知りヒトに、任せ。
八重(ヤエ)は吾が娘タキコの孫となりますれば。
宗像三女神様、鰐族と嘗ては言われた、大国主命神様、建御名方神様、八重事代主神様、すべて、建速須佐之男命様の御子たちであり、私ハヤコの化身、八大龍王の末裔であると伝うもの。
八重事代主様(住吉三神の一人)も、スサノホサマも、同じ母心を知らねば、うく術もなしとは。
母の愛こそ地(血)をすくうものなれば、ゆめゆめ疑うべからず。
人は人として、永い業を背負いて、今の浮く世を生きるのです。
たが、汝を怨みこそすれ、赤他を怨めば、そこそれにこそ、ほとほとと苦労知り。
今日(こんにち)の、吾があるは、先人の知恵こそ、つき繋ぐ、扉の証と、この言葉をお聞きなされば、雪痕、痛まぬ吾が魂なれど。
あいよ
以上
もう怨みも、何もかも、忘れました。
しかし、吾が子孫に、それぞれの人の想いとは、何かを気付いていただく為、ここに人伝で話せるだけの事をお話します。
この話は、信じる信じない、云々の話ではなく、真実でございます。
それを信じるも信じないも人の心の成せる業でしょうか・・・。
一切を聞き流してもらっても構いませんが、忘れないで欲しいのは、生きている生業がおんなじ道筋(血筋)が流れているという事。
そなたがお困りの時に、きっと一筋のともし火とならん真実でございますれば、ようように理なさるように。。
さて、私は内侍(ウチメ)のコマス姫 ハヤコと申します。
姉はネの局(北のつぼね)、典侍(スケ)で在らされるマス姫 モチコ。
私たちは、後宮のもの。アメミコ様の后妃として迎えられました。
なんの不自由もなく、幼幼のころより花も花よと育てられた、私たち姉妹は、時の勢、イザナギ様の弟、クラキネを父とします、皇族一門の血筋でございますれば、アメミコ皇様に愛いでされる事となるのでございます。
晴れてスケ、ウチメとなる時世、ようようと考えればそれが、私たち姉妹の一番幸せの時期かも知れませんね。
知っておられるとは思いますが、この段では、ムカツ姫の事は、伏せさせていただきます。なぜなら、吾等は、ムカツを怨んでいた訳でも何でもありませんので。
さて、姉、モチコに元気なお子がご生誕されますれば、その名をタナヒト。事実、皇太子となられるそのお子は、いつか、タナキネと呼ばれ、王子の座を奪われる事になります事。時運の不明なる事明らかで、何ゆえ吾が身にこの様な仕が打たれようとは。
私にも、元気な3姉妹を授けてくださった様に、慈悲深い、御神様の事とわたしたちは受け入れたのでございます。
娘の名は、タケコ、タキコ、タナコと申しますれば、彼女らにも不幸は訪れることはわかっておりました。
母とは、この子あれば、唯、ほか露ほど要らぬ程。
わたしたちは、幼き、タナ君を都(出雲)に残し、アカツチ老翁の元へ身を寄せる事、云年。ツクシのウサ宮(大分県宇佐神宮)は、私たちにとっては寂しいものでした。
その中やはり、モチコには、吾が子「タナ」への思いは、積年の思いと募りますれば、意を決し流離う事となります。
一路、都(福岡県桂川町、加賀神社付近、出雲の国)へ。
ここで話さねばいけない事があり、しかも私にとっては、唯一の頼みの綱でございますれば、都の伝と申して過言ではございません。
何を隠そう、タケコ、タキコ、タナコの3姉妹(宗像三女神)は、アメミコ様の弟君であらされる、スサノホ御君のお子に相違ありません。
私はミサヲを違えた事になりますれば、アメミコ様のお怒りも御もっともでございます。
すべて私の責と悩み苦しんだ刻もございますが、今となってはそれも、大きな流れの中にて生まれる私の血でございましょう。
ただ、大皇子君様に疑われた、モチコ姉の苦しみは如何程かと。
愛息を失う悲しみは、大地を張り裂ける程のヨマイがあろうと存じます。
スサノホ様を頼りに流離う3つの宝命が先ず向かったのが、父、クラキネの里宮。(福岡県宗像大社)
ムナカタの娘、トヨタマイヒメも都より駆けつけていただき、吾が子に、何かあってはと、3つ至玉を預け給い。(宗像三女神)
こころよく、後世にも残る女神となりきその姿の、私は愛こそあれど、憎悪などさらさらとする砂のごとく消え去ります。
私は姉と一心同体、死ぬときも、生きるときも一緒と思えば、されば、ツキヨミ様(黄泉の国、ツキ、ヨミ。ヨミの国をおさめる神様)のネの国へ。(福岡県飯塚市付近)ツキヨミ様のおわすところは、アマテルサマ、スサノホサマの母君、ウミ、スエ、シメの言は通り、おわす居。
時は、スサノホ様の御勢の刻ともなれば、オノコら、兄弟の戦いの最中でございますれば、姉は子「タナ」に会う事も許されず、私はスサノホ様と遠き仲を知るのでございます。
女とは儚いもの。また儚くも母の心はますます子へと向かいます。姉モチコは、心ありきの手勢を揃えますれば、一路、天人たる国へ。もちろん、私もときを同じく。
姉は九頭の大蛇と化し、私は八俣の大蛇と化しても、吾が子、愛する女子の気持ちは、思ふ事の怒りは変わらず、納まりませぬ。
果たして、スサノホ御君様に私は討たれるのを本望として、この地に眠ります。
吾が血は、赤池(赤池町)、赤(赤村)となり、日の子の山の麓(福岡県英彦山)にありてなします。
九頭のオシン(悪神)と言われようと、姉は建御名方神様とともに落ち延び、いつしか雅な都へ還ることを望みて、御子のことを想いながら、州羽の海から(周防灘)、諏訪の海の畔(諏訪湖)で、足の海の畔(芦ノ湖)で深く永く息づき本懐を遂げるのです。
このお話をいたしたのも、ヒトの心の成す業と、御心の中に銘じ、日々を暮らす事を子々孫々に憂うからに他なりません。
よくよく心して、真っ只中を生きて生きて息よ行くのであります。
スサノホサマには、感謝こそすれ。
この事を伝うは、八重事代主神、御産土の御知りヒトに、任せ。
八重(ヤエ)は吾が娘タキコの孫となりますれば。
宗像三女神様、鰐族と嘗ては言われた、大国主命神様、建御名方神様、八重事代主神様、すべて、建速須佐之男命様の御子たちであり、私ハヤコの化身、八大龍王の末裔であると伝うもの。
八重事代主様(住吉三神の一人)も、スサノホサマも、同じ母心を知らねば、うく術もなしとは。
母の愛こそ地(血)をすくうものなれば、ゆめゆめ疑うべからず。
人は人として、永い業を背負いて、今の浮く世を生きるのです。
たが、汝を怨みこそすれ、赤他を怨めば、そこそれにこそ、ほとほとと苦労知り。
今日(こんにち)の、吾があるは、先人の知恵こそ、つき繋ぐ、扉の証と、この言葉をお聞きなされば、雪痕、痛まぬ吾が魂なれど。
あいよ
以上