皆さん。

障害が起こった時ってありませんか?

昨日書いた内容と、全く違う事を書いてる様に思われそうですが。

今日は神様のあり方と、それに対する、自分の接し方や心得を書いておきます。

障害が起こるとき。

それは、自分の夢や目標の再確認の時であり、本当にそれがしたいかという意思を試されている時なのです。

夢や目標は自分で叶えるもの。

しかし、自分だけではその目標には到達しきれないものです。


何か一つ足りない、完成しかけのブロックの様。


神社にお参りする方々。

今年、私も、三社参りさせていただきました。


さて、御参りの時に皆さんは、神様に向かって何と言ってますか?

大抵の場合、

「・・・・・・・・・が叶います様に。」

「・・・・・となる様に。」

と、お願いしていませんか?


私の亡くなった祖父がいつも私に教えてくれていた金言の一つに
「他力本願では駄目だ。」というのがあります。

そう。神様にお願いすることは間違いなのです。

皆さん。
今からでも構いません。

神様に御参りする時は
「・・・・・をします!」

「・・・・・を達成します!」
と、自分の意志を、神様に宣言しましょう!

神社やお寺、兎に角、神様がいらっしゃる場所への面前では、必ず、自分の意志と決意を表明し、宣言してください。

そのとき、神様は、「よっしゃ。頑張ってミソ~。わしも応援したるげな~。」と力を貸してくれます。

成せば成るです。

さて、その成せば成るには、落とし穴がありまして。

人は達成すると、得てして、感謝を忘れるのです。

後ろからバックアップしてくれた、神様や、ご先祖さまのことは忘れて、得意満面。

自分の力だけでやってやった!って気になる様でして。

これが怖い。


さ~そのとき。

眼に前に、大きな障害が現れる事は言うまでもありません。


障害を乗越えて、目標を達成する時。

神様は
「お~お~、そこまで頑張るのなら本物だね~。一つ、お手伝いしてやろうかの~。」
って仰っています。

障害の壁をみて、諦める時。

神様は
「所詮、その程度の気持ちだったのか~。ま~仕方ないかの~。」
ってな感じですね。

どちらがお好きですか?
もちろん、目標が達成されるほうが素敵と思いますよね?

でも、本当に素敵な事とは、貫くにしても、諦めるにしても、どちらでもいいのです。

大事な事は、自分ひとりではないと云うことを感じる事。

誰かがいつも見守っていてくれるという事を忘れない事。

そうする事で、神様やご先祖様は、喜んでくれます。それも最上級的に!

しかし、もしその感謝の念を忘れたとしても(忘れない方が良いのですが・・。)

神様やご先祖様は、彼方が新たな目標に向かってまい進している時。

「おりょ~。またやるのね~。頑張れよ~。また手伝ってやろうかの~。」
って、微笑んで背中を押してくれます。

心広い、寛大な方々なのです。

そんな方々を大切にしないと罰があたります。


はて?この寛大で包容力のある姿勢。無条件の愛で尽力してくれる心。

どこかであった気がしませんか?

そうです!

それは、彼方の親や、兄弟です。

ありがたいことです。

生きてこれたのは私の決意と行動。

そして、周りの人々の温かい手助けなのです。